8.5. 個別代表系
Hall の結婚定理 (定理 8.3.4) のグラフを使わない表現を二つ紹介する。組合せ論以外の分野で Hall の結婚定理を使うときは、これらの表現が用いられることが多い。一つ目の表現は次の通りである:
\(A_{1},A_{2},\ldots,A_{n}\) を \(n\) 個の集合とする。全ての \(p\in\left\{ 0,1,\ldots,n\right\} \) に対して、これらの集合から任意に取った \(p\) 個の集合の和集合が \(p\) 個以上の要素を持つとする。言い換えれば、全ての \(p\in\left\{ 0,1,\ldots,n\right\} \) に対して次の条件が成り立つと仮定する:
このとき、次の条件を満たす \(n\) 個の相異なる要素 \(a_{1}\), \(a_{2}\), ..., \(a_{n}\) が存在する:
定理 8.5.1 の条件を満たす \(n\) 個の異なる要素からなる列 \(\left( a_{1},a_{2},\ldots,a_{n}\right) \) を、\(n\) 個の集合 \(A_{1},A_{2},\ldots,A_{n}\) の個別代表系 (system of distinct representatives) と呼ぶ。個別代表系は SDR とも呼ばれる。
通常のトランプカード一式をランダムに \(4\) 枚ずつまとめて \(13\) 個の山を作ったとする。山の例を次に示す:
このとき、\(13\) 個の山から \(1\) 枚ずつカードを取ることで、それぞれの数字のカードを \(1\) 枚ずつ (\(1\) を \(1\) 枚、\(2\) を \(1\) 枚、…) 揃えることが必ずできる。
実際、任意に選んだ \(p\) 個の山には少なくとも \(p\) 個の異なる数字が含まれるので、\(A_{i} = \{i \text{ 番目の山に含まれる数字}\}\) と定めれば定理 8.5.1 の仮定が満たされる。
まず、\(n\) 個の集合 \(A_{1},A_{2},\ldots,A_{n}\) は全て有限集合だと一般性を失うことなく仮定する (もしそうでないなら、無限集合をそれぞれ任意の \(n\) 要素部分集合に置き換える。このとき仮定 \(\left\vert A_{i_{1}}\cup A_{i_{2}}\cup\cdots\cup A_{i_{p}}\right\vert \geq p\) は保たれる ── その理由を理解しておくこと!)。
さらに、\(n\) 個の集合 \(A_{1},A_{2},\ldots,A_{n}\) はどれも整数を含まないと一般性を失うことなく仮定する (そうでないなら、集合の要素を整数でないものに置き換える)。
\(X=\left\{ 1,2,\ldots,n\right\} \), \(\ Y=A_{1}\cup A_{2}\cup \cdots\cup A_{n}\) と定める。\(X\) と \(Y\) は有限集合であり、共通要素を持たない。
単純グラフ \(G\) を次のように定義する:
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\(G\) の頂点は \(X\cup Y\) の要素である。
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頂点 \(x \in X\) と頂点 \(y \in Y\) は \(y \in A_{x}\) のとき、かつそのときに限って隣接する。これ以外に隣接する二頂点は存在しない。
このとき \(\left( G,X,Y\right) \) は二部グラフである。さらに、定理の仮定「任意の \(p\in\left\{ 0,1,\ldots,n\right\}\) に対して \(\left\vert A_{i_{1}}\cup A_{i_{2}}\cup\cdots\cup A_{i_{p}}\right\vert \geq p\) が成り立つ」より、この二部グラフは Hall 条件を満たす。よって Hall の結婚定理 (定理 8.3.4) より、グラフ \(G\) は \(X\)-完全マッチングを持つ。このマッチングは次の形をしている:
ここで \(a_{1},a_{2},\ldots,a_{n}\in Y\) である (先述したように \(\left( G,X,Y\right) \) は二部グラフなので、頂点 \(1,2,\ldots,n\in X\) のパートナーは \(Y\) に属する)。マッチングに属する任意の二辺は共通の端点を持たないので、\(a_{1},a_{2},\ldots,a_{n}\in Y\) は相異なる。さらに、\(i\in\left\{ 1,2,\ldots,n\right\} \) は \(a_{i} \in A_{i}\) を満たす (\(G\) で頂点 \(i\) と頂点 \(a_{i}\) が隣接するため)。よって \(a_{1},a_{2},\ldots,a_{n}\) は探していた \(n\) 個の相異なる要素である。以上で定理 8.5.1 は証明された。□
逆に、定理 8.5.1 を使った Hall の結婚定理 (定理 8.3.4) の導出も難しくない。つまり、定理 8.5.1 は Hall の結婚定理と同値な命題である。実は、Hall が最初に発見した命題 [Hall35, Theorem 1] は定理 8.5.1 だった。
Hall の結婚定理の二つ目の表現を次に示す。こちらも集合理論的な表現である:
\(A_{1},A_{2},\ldots,A_{n}\) を \(n\) 個の集合、\(B_{1},B_{2},\ldots,B_{m}\) を \(m\) 個の集合とする。任意の \(p\in\left\{ 0,1,\ldots,n\right\}\) と任意の自然数 \(i_{1}, i_{2}, \ldots, i_{p}\) が \(1\leq i_{1} < i_{2} < \cdots < i_{p}\leq n\) を満たすとき、少なくとも \(p\) 個の \(j\in\left\{ 1,2,\ldots,m\right\} \) において和集合 \(A_{i_{1}}\cup A_{i_{2}}\cup\cdots\cup A_{i_{p}}\) と \(B_{j}\) が共通の要素を持つと仮定する。このとき単射 \(\sigma\colon \left\{ 1,2,\ldots,n\right\} \rightarrow\left\{ 1,2,\ldots,m\right\} \) であって全ての \(i\in\left\{ 1,2,\ldots,n\right\} \) が \(A_{i}\cap B_{\sigma\left( i\right) }\neq\varnothing\) を満たすものが存在する。
読者に任せる。ここでも、適切な二部グラフを構築して Hall の結婚定理を適用すればよい。□
代表系に関する本書よりずっと詳細な解説については [MirPer66] を参照してほしい。