10. 規格の命名
標準化プロセスが開始されたときから、言語の名前が問題になることは理解されていた。Netscape が最初に付けた「LiveScript」という名前は Sun との戦略的連携の一環として「JavaScript」に変更された。当時は Sun が「JavaScript」を商標登録し、その商標を Netscape にライセンスするという状況である。Sun は Netscape が作成するスクリプト言語の標準化活動に協力的であったものの、Java に関連する商標の保護に積極的だった。そのため Sun が「JavaScript」という商標の管理を標準化組織に譲渡することはないだろうと思われていた。
TC39 の初回会合で、出席者は Sun に「JavaScript」という名前の提供を申し入れるとともに、より適した名前が見つかるまでの一時的な名前として「ECMAScript」を使うことに合意した。名前の提案を収集し、それが利用できるかを確認するタスクは Scott Wiltamuth に割り当てられた。
第 2 回会合で Wiltamuth [1997j] は利用可能な 16 個の名前と既存の商標登録や単語との衝突により利用不可能と思われる 14 個の名前を示した。投票で選ばれた上位の候補は LiveScript, ScriptJ, EZScript, Xpresso/Expresso/Espresso だった。Netscape と Sun の代表者にはそれぞれ「LiveScript」と「JavaScript」の利用可能性の調査が依頼された。調査の結果が分かるまでは、これまで通り「ECMAScript」が仕様のドラフトで使われることになった。
Sun は「JavaScript」を Ecma にライセンスする意思が無いことを確認した [TC39 1997f]。Netscape は新しい規格で「LiveScript」を使うことに法的な反対は無いと述べた1。このフィードバックに基づいて、TC39 は Netscape と連携して「LiveScript」の権利を確保すること、そして Ecma が商標登録について調査することに合意した。ただし Netscape からの書面での確認が届くまでは、これまで通り「ECMAScript」が仕様のドラフトで使われることになった。
Ecma 総会に提出された規格のドラフトでは依然として言語の名前を ECMAScript としていた。総会の会合 [Ecma International 1997] では、規格の存在意義は全ての企業が同等の条件で実装に臨むようにすることであるのに、規格の名前に商標名称を使うのは適切なのか、という意見が出た。この会合に先立って Netscape は LiveScript の名称を正式には Ecma に渡さないことを宣言していたので、このコメントをもって LiveScript という名前の利用は選択肢から除外された。総会は「ECMAScript」という暫定的な名前の付いた規格を承認し、9 月までに名前の問題を解決するよう TC39 に指示した。
名前の問題は 7 月の TC39 会合 [TC39 1997g] で議論された。Scott Wiltamuth は「RDScript2」を提案し、Carl Cargill は「ECMAScript」を正式な名前にしてはどうかと提案した。そもそも本当に名前が必要なのかという議論もあった。仕様に割り振られた Ecma の文書番号「ECMA-262」を名前にすれば十分ではないかということである。結局 7 月の会合では何も解決せず、9 月の会合で TC39 は「ECMAScript」を言語の名前として規格を公開することに合意した [TC39 1997h]。
数か月後、ECMA-262 を ISO 規格として承認する投票を行うとき、ANSI (米国国家規格協会) は次のコメントを出した: 「この言語の実装が ECMAScript と呼ばれる可能性は低い。この事実は規格が何を意味するのか、そしてどの言語エンジンが規格をサポートするのかについてユーザーに混乱を引き起こしており、これからも引き起こすだろう」この懸念はほぼ現実になった。多くの人々はブラウザが実装するこの言語を「JavaScript」の名前で呼び続け、HTML の <script>
要素の仕様には「JavaScript」の名前が刻まれている。後に Brendan Eich [Eich 2006b] は命名に関する自身の意見を表明した: 「ECMAScript はずっと、皮膚病みたいな響きを持つ3望まれない名前だった」