Random
Julia の乱数生成は MersenneTwister
オブジェクトを通してdSFMTというメルセンヌツイスターライブラリを利用します。Julia はグローバルな乱数生成器 (random number generator, RNG) を持ち、デフォルトではこれを使って乱数が生成されます。他の RNG 型は AbstractRNG
を継承することで追加でき、そういった型は異なる種類の乱数列を生成できます。MersenneTwister
以外に Julia が提供する RNG 型の一つが RandomDevice
であり、これは OS が提供するエントロピープールのラッパーです。
乱数生成に関する関数の多くは AbstractRNG
オブジェクトを省略可能な第一引数に受け取ります。この引数を渡さなければグローバルな RNG が使われます。さらに一部の関数では可変長引数 dims...
(もしくはタプルの引数 dims
) に次元を指定でき、指定すると乱数の配列が生成されます。
MersenneTwister
と RandomDevice
が生成できる乱数の型は Float16
, Float32
, Float64
, BigFloat
, Bool
, Int8
, UInt8
, Int16
, UInt16
, Int32
, UInt32
, Int64
, UInt64
, Int128
, UInt128
, BigInt
(およびこれらの複素数型) です。浮動小数点数型の乱数は [0,1)
の範囲で一様に生成されます。BigInt
型はいくらでも大きい整数を表せるので、乱数を生成するときは rand(big.(1:6))
などとして区間を指定する必要があります。
AbstractFloat
と Complex
の一部に対しては正規分布や指数分布も実装されます。詳細は randn
と randexp
を参照してください。
乱数の正確な生成方法は実装詳細とみなされるので、バージョン変更時のバグ修正や性能改善によって生成される乱数列が変わる可能性があります。そのため特定のシードや特定の乱数列を利用したユニットテストを書くのは推奨されません。
Random
モジュール
Random.Random
── モジュール
乱数生成関数
Base.rand
── 関数
rand([rng=GLOBAL_RNG], [S], [dims...])
S
が表す値の集合からランダムな要素を取って (あるいはランダムな要素をいくつか取って配列として) 返します。S
に指定できるのは次の値です:
- 添え字アクセス可能なコレクション (
1:9
や('x', "y", :z)
など) AbstractDict
,AbstractSet
- 文字列 (文字の集合とみなされる)
- 型: 使われる値の集合は整数型では
typemin(S):typemax(S)
, 浮動小数点数では[0, 1)
, 複素整数型ではtypemin(S):typemax(S) + i*typemin(S):typemax(S)
, 複素浮動小数点数型では[0, 1) + i*[0, 1)
となる1。
S
のデフォルト値は Float64
です。省略可能な rng
を除いた唯一の引数が Tuple
である場合、それは次元 (dims
) ではなく値の集合 (S
) とみなされます。
S
にタプルを渡す機能は Julia 1.1 以降でサポートされます。
例
julia> rand(Int, 2)
2-element Array{Int64,1}:
1339893410598768192
1575814717733606317
julia> using Random
julia> rand(MersenneTwister(0), Dict(1=>2, 3=>4))
1=>2
julia> rand((2, 3))
3
julia> rand(Float64, (2, 3))
2×3 Array{Float64,2}:
0.999717 0.0143835 0.540787
0.696556 0.783855 0.938235
基本的に rand(rng, s::Union{AbstractDict,AbstractSet})
の複雑性は s
の長さに関して線形ですが、例外として Dict
, Set
, BitSet
といった型に対するメソッドは最適化され複雑性が定数になっています。そのため大量に rand
を呼びだすときは、rand(rng, collect(s))
, rand(rng, Dict(s))
, rand(rng, Set(s))
のいずれかを適切に使うことが推奨されます。
Random.rand!
── 関数
rand!([rng=GLOBAL_RNG], A, [S=eltype(A)])
配列 A
を乱数で埋めます。S
が指定されるなら、値は S
からランダムに選ばれます。S
に指定できるのは型またはコレクションです (参照: rand
)。これは copyto!(A, rand(rng, S, size(A)))
と等価ですが、新しい配列をアロケートしません。
例
julia> rng = MersenneTwister(1234);
julia> rand!(rng, zeros(5))
5-element Array{Float64,1}:
0.5908446386657102
0.7667970365022592
0.5662374165061859
0.4600853424625171
0.7940257103317943
Random.bitrand
── 関数
bitrand([rng=GLOBAL_RNG], [dims...])
ランダムな真偽値からなる BitArray
を生成します。
例
julia> rng = MersenneTwister(1234);
julia> bitrand(rng, 10)
10-element BitArray{1}:
0
1
1
1
1
0
1
0
0
1
Base.randn
── 関数
randn([rng=GLOBAL_RNG], [T=Float64], [dims...])
平均が 0 で標準偏差が 1 の正規分布に従う T
型の乱数を生成します。dims
が与えられると乱数からなる配列が生成されます。Base
モジュールは現在 Float16
, Float32
, Float64
型およびこれらの Complex
型に対する実装を持ちます。T
のデフォルト値は Float64
です。型を表す引数 T
が複素数型だと、値は標準偏差 1 の円対称複素正規分布から生成されます (実部と虚部が平均が 0 で標準偏差が 1/2 の正規分布に独立に従うのと等価です)。
例
julia> using Random
julia> rng = MersenneTwister(1234);
julia> randn(rng, ComplexF64)
0.6133070881429037 - 0.6376291670853887im
julia> randn(rng, ComplexF32, (2, 3))
2×3 Array{Complex{Float32},2}:
-0.349649-0.638457im 0.376756-0.192146im -0.396334-0.0136413im
0.611224+1.56403im 0.355204-0.365563im 0.0905552+1.31012im
Random.randn!
── 関数
randn!([rng=GLOBAL_RNG], A::AbstractArray) -> A
配列 A
を正規分布 (平均 0, 標準偏差 1) に従う乱数で埋めます。rand
も参照してください。
例
julia> rng = MersenneTwister(1234);
julia> randn!(rng, zeros(5))
5-element Array{Float64,1}:
0.8673472019512456
-0.9017438158568171
-0.4944787535042339
-0.9029142938652416
0.8644013132535154
Random.randexp
── 関数
randexp([rng=GLOBAL_RNG], [T=Float64], [dims...])
尺度 1 の指数分布に従う T
型の乱数を生成します。dims
が与えられると乱数からなる配列が生成されます。Base
モジュールは現在 Float16
, Float32
, Float64
型に対する実装を持ちます。T
のデフォルト値は Float64
です。
例
julia> rng = MersenneTwister(1234);
julia> randexp(rng, Float32)
2.4835055f0
julia> randexp(rng, 3, 3)
3×3 Array{Float64,2}:
1.5167 1.30652 0.344435
0.604436 2.78029 0.418516
0.695867 0.693292 0.643644
Random.randexp!
── 関数
randexp!([rng=GLOBAL_RNG], A::AbstractArray) -> A
配列 A
を指数分布 (尺度 1) に従う乱数で埋めます。
例
julia> rng = MersenneTwister(1234);
julia> randexp!(rng, zeros(5))
5-element Array{Float64,1}:
2.4835053723904896
1.516703605376473
0.6044364871025417
0.6958665886385867
1.3065196315496677
Random.randstring
── 関数
randstring([rng=GLOBAL_RNG], [chars], [len=8])
chars
に含まれる文字からなる長さ len
のランダムな文字列を作成します。chars
のデフォルト値は大文字および小文字のアルファベットと 0 から 9 の数字からなる集合です。省略可能引数 rng
には乱数生成器を指定できます (参照: 乱数)。
例
julia> Random.seed!(3); randstring()
"4zSHdXlw"
julia> randstring(MersenneTwister(3), 'a':'z', 6)
"bzlhqn"
julia> randstring("ACGT")
"AGGACATT"
chars
はランダムに要素を取得できる限りどんなコレクションでも構いません。要素は Char
と UInt8
のどちらかである必要がありますが、UInt8
の方が効率的です。
部分列/置換/シャッフル
Random.randsubseq
── 関数
randsubseq([rng=GLOBAL_RNG,] A, p) -> Vector
与えられた配列 A
からランダムに選択した要素からなるベクトルを返します。そのとき A
の各要素を確率 p
で返り値の配列に入れます。各要素に対する確率は独立であり、判定は配列と同じ順番に行われます (複雑性は p*length(A)
に対して線形であり、この関数は p
が小さくて A
が大きい場合でも高速です)。この処理は専門用語で「A
のベルヌーイサンプリング」と呼ばれます。
例
julia> rng = MersenneTwister(1234);
julia> randsubseq(rng, 1:8, 0.3)
2-element Array{Int64,1}:
7
8
Random.randsubseq!
── 関数
randsubseq!([rng=GLOBAL_RNG,] S, A, p)
randsubseq
と同様ですが、結果を S
に格納します。S
は必要に応じてサイズが変更されます。
例
julia> rng = MersenneTwister(1234);
julia> S = Int64[];
julia> randsubseq!(rng, S, 1:8, 0.3)
2-element Array{Int64,1}:
7
8
julia> S
2-element Array{Int64,1}:
7
8
Random.randperm
── 関数
randperm([rng=GLOBAL_RNG,] n::Integer)
長さ n
のランダムな置換を構築します。省略可能引数 rng
には乱数生成器を指定できます (参照: 乱数)。返り値の要素型は n
の型と同じです。
ベクトルをランダムにシャッフルするには shuffle
や shuffle!
を使ってください。
Julia 1.1 以降では randperm
が返すベクトル v
に対して eltype(v) == typeof(n)
が成り立ちますが、Julia 1.0 では eltype(v) == Int
が成り立ちます。
例
julia> randperm(MersenneTwister(1234), 4)
4-element Array{Int64,1}:
2
1
4
3
Random.randperm!
── 関数
Random.randcycle
── 関数
randcycle([rng=GLOBAL_RNG,] n::Integer)
長さ n
のランダムな巡回置換を構築します。省略可能引数 rng
には乱数生成器を指定できます (参照: 乱数)。返り値の要素型は n
の型と同じです。
Julia 1.1 以降では randcycle
の返すベクトル v
に対して eltype(v) == typeof(n)
が成り立ちますが、Julia 1.0 では eltype(v) == Int
が成り立ちます。
例
julia> randcycle(MersenneTwister(1234), 6)
6-element Array{Int64,1}:
3
5
4
6
1
2
Random.randcycle!
── 関数
Random.shuffle
── 関数
Random.shuffle!
── 関数
RNG の作成とシード
Random.seed!
── 関数
seed!([rng=GLOBAL_RNG], seed) -> rng
seed!([rng=GLOBAL_RNG]) -> rng
乱数生成器を再シードします。rng
は seed
が与えられたときに限って再現可能な数列を生成します。RandomDevice
のようにシードを受け付けない RNG も存在します。seed!
を呼び出すと、以降 rng
は同じシードを渡して新しく作られたオブジェクトと等価になります。
rng
が指定されないと、スレッドローカルな共有 RNG のシードが設定されます。
例
julia> Random.seed!(1234);
julia> x1 = rand(2)
2-element Array{Float64,1}:
0.590845
0.766797
julia> Random.seed!(1234);
julia> x2 = rand(2)
2-element Array{Float64,1}:
0.590845
0.766797
julia> x1 == x2
true
julia> rng = MersenneTwister(1234); rand(rng, 2) == x1
true
julia> MersenneTwister(1) == Random.seed!(rng, 1)
true
julia> rand(Random.seed!(rng), Bool) # not reproducible
true
julia> rand(Random.seed!(rng), Bool)
false
julia> rand(MersenneTwister(), Bool) # not reproducible either
true
Random.AbstractRNG
── 型
Random.MersenneTwister
── 型
MersenneTwister(seed)
MersenneTwister()
MersenneTwister
型の RNG オブジェクトを作成します。シードはオブジェクトごとに個別に保持されるので、異なる RNG オブジェクトからは独立した乱数列が生成されます。seed
には非負の整数または UInt32
整数のベクトルを指定でき、指定しなければ (システムのエントロピープールから) ランダムに生成された値が使われます。既存の MersenneTwister
オブジェクトを再シードするには seed!
関数を使ってください。
例
julia> rng = MersenneTwister(1234);
julia> x1 = rand(rng, 2)
2-element Array{Float64,1}:
0.5908446386657102
0.7667970365022592
julia> rng = MersenneTwister(1234);
julia> x2 = rand(rng, 2)
2-element Array{Float64,1}:
0.5908446386657102
0.7667970365022592
julia> x1 == x2
true
Random.RandomDevice
── 型
RandomDevice()
RandomDevice
型の RNG オブジェクトを作成します。二つの RandomDevice
オブジェクトは必ず異なる乱数列を生成します。エントロピープールはオペレーティングシステムのものが使われます。
乱数 API に対するフック
Random
の機能はほぼ直交する次の二つの方法で拡張できます:
- 独自型のランダムな値を生成する。
- 新しい RNG を作成する。
(1) に対する API は非常に関数的ですが、比較的最近に追加された API なので、将来の Random
モジュールのリリースで変更が必要になるかもしれません。通常は rand
メソッドを一つ実装すれば他のメソッドも自動的に全て使えるようになります。
(2) に対する API は現在でも初歩的であり、通常の型の値を生成するだけでも厳密には必要としてはいけない量の作業が実装者に課される場合があります。
乱数生成のカスタマイズ
何らかの分布に沿う乱数を生成する処理には様々なトレードオフがあります。事前に計算された値を使う方法、例えば離散分布に対する別名法や単変量分布に対する"圧縮" 関数を使った棄却法を使えば、サンプリングを大きく高速化できます。こういった手法では事前に計算すべき情報の量が分布から生成するサンプル数に依存する場合もあれば、RNG が持つ特定の性質をアルゴリズムが利用できるという場合もあります。
Random
モジュールはこういった問題に対処しつつ乱数を生成するためのカスタマイズ可能なフレームワークを定義しています。rand
が呼び出しのたびに Sampler
型のサンプラーを生成し、Sampler
型に対するメソッドを追加することで上述のトレードオフを念頭に置いたカスタマイズを行うというものです。その後 Sampler
型に対するメソッドは RNG に対してディスパッチして、RNG の持つ分布や反復回数のヒントに関する情報を利用します。反復回数のヒントとして現在使えるのは Val{1}
(一度のサンプル) と Val{Inf}
(任意回数のサンプル) だけです。この二つの型は Random.Repetition
の部分型です。
乱数の生成は Sampler
オブジェクトを使って行われます。値 X
を使う乱数生成インターフェースを実装するとき、実装すべきメソッドは Sampler(rng, X, repetition)
が返す sampler
に対する rand(rng, sampler)
です。
rand(rng, sampler)
を実装してさえいればどんな値でもサンプラーにできますが、ほとんどのアプリケーションでは次の事前に定義されるサンプラーで十分です:
-
SamplerType{T}()
は型T
の値を生成するサンプラーの実装で利用されます。これはrand(Int)
のような型を使った乱数生成におけるデフォルトのSampler
です。 -
SamplerTrivial(self)
はself
の簡単なラッパーです。self
には[]
でアクセスできます。事前の計算が必要ないサンプラーではこのサンプラーが推奨されます。これはrand(1:3)
のような値を使った乱数生成におけるデフォルトのSampler
です。 -
SamplerSimple(self, data)
はdata
という追加のフィールドを持つサンプラーです。data
は任意の事前に計算された値を格納するために使われます。data
の値はSampler
の独自メソッドで計算されるべきです。
後でそれぞれの例を示します。アルゴリズムの選択は RNG と独立していると仮定するので、シグネチャでは AbstractRNG
を使います。
Random.Sampler
── 型
Sampler(rng, x, repetition = Val(Inf))
x
が表す値を rng
から生成するのに使用できるサンプラーオブジェクトです。
sp = Sampler(rng, x, repetition)
のときランダムな値は rand(rng, sp)
で生成されるので、この形のメソッドが定義されるべきです。
repetition
は Val(1)
と Val(Inf)
のどちらかであり、事前計算の量に対するヒントとして機能します。
型を使った乱数生成と値を使った乱数生成では、それぞれ SamplerType
と SamplerTrivial
がデフォルトのフォールバックとして使われます。Random.SamplerSimple
を使えば、新しい型を定義することなく事前に計算された値を保存できます。
Random.SamplerType
── 型
SamplerType{T}()
型を使った乱数生成を行うサンプラーです。型以外の情報を持ちません。型が渡されて乱数関数が呼ばれた場合にデフォルトのフォールバックとしてこのサンプラーが使われます。
Random.SamplerTrivial
── 型
SamplerTrivial(x)
与えられた値 x
をラップしただけのサンプラーを作成します。これは値を使った乱数生成におけるデフォルトのフォールバックです。このサンプラーの eltype
は eltype(x)
となります。
事前に計算されるデータを使わずに値の集合からサンプリングを行うときに使うことが推奨されます。
Random.SamplerSimple
── 型
SamplerSimple(x, data)
与えられた値 x
とデータ data
をラップしたサンプラーを作成します。このサンプラーの eltype
は eltype(x)
です。
事前に計算されるデータを使って値の集合からサンプリングを行うときに使うことが推奨されます。
事前計算と値の生成の分離は API の一部であり、ユーザーからも利用できます。例えばループの中で rand(rng, 1:20)
を何度も呼び出す必要があるときは、次のようなコードを書けば事前計算と値の生成の分離を活用できます:
rng = MersenneTwister()
sp = Random.Sampler(rng, 1:20) # あるいは Random.Sampler(MersenneTwister, 1:20)
for x in X
n = rand(rng, sp) # n = rand(rng, 1:20) と同じ処理
# n を使った処理...
end
これは標準ライブラリで使われているメカニズムでもあります。例えば rand(1:20, 10)
でランダムな配列生成をするとこのテクニックが使われます。
型を使った値の生成
現在 Julia は型 T
に対して rand(T)
が定義されているなら、それは T
型のオブジェクトを生成すると仮定します。型を使った乱数生成でフォールバックとして使われるデフォルトのサンプラーは SamplerType
です。T
型の値のランダムな生成を定義するには、メソッド rand(rng::AbstractRNG, ::Random.SamplerType{T})
を定義して、そこから rand(rng, T)
が返すべき値を返してください。
例として、1
から n
までの n
個の目を持つサイコロを表す Die
型に対する rand(Die)
を実装します。rand(Die)
は目の個数を 4
から 20
の間でランダムに選んだ Die
を返すとします:
struct Die
nsides::Int # 目の個数
end
Random.rand(rng::AbstractRNG, ::Random.SamplerType{Die}) = Die(rand(rng, 4:20))
これで Die
に対するスカラーと配列の rand
メソッドが動作するようになります:
julia> rand(Die)
Die(10)
julia> rand(MersenneTwister(0), Die)
Die(16)
julia> rand(Die, 3)
3-element Array{Die,1}:
Die(5)
Die(20)
Die(9)
julia> a = Vector{Die}(undef, 3); rand!(a)
3-element Array{Die,1}:
Die(11)
Die(20)
Die(10)
事前に計算されたデータを持たない簡単なサンプラー
続いてコレクションを使った乱数生成で使われるサンプラーを定義します。事前に計算されるデータが無いなら、このサンプラーは値を使った乱数生成におけるデフォルトのフォールバック SamplerTrivial
を使って実装できます。
型 S
のオブジェクトからのランダムな値の生成を定義するには、メソッド rand(rng::AbstractRNG, sp::Random.SamplerTrivial{S})
の定義が必要です。ここで sp
は S
型のオブジェクトをラップしているだけであり、そのオブジェクトには sp[]
でアクセスできます。Die
の例に戻って、次は rand(d::Die)
が d
の目からランダムに選んだ Int
を返すようにしたいとします。この処理は次のコードで実装できます:
julia> Random.rand(rng::AbstractRNG, d::Random.SamplerTrivial{Die}) =
rand(rng, 1:d[].nsides);
julia> rand(Die(4))
2
julia> rand(Die(4), 3)
3-element Array{Any,1}:
1
4
2
現在 Julia は S
型のコレクションに対して rand(::S)
が定義されているなら、rand(::S)
は eltype(S)
型のオブジェクトを生成すると仮定します。最後の例では Vector{Any}
が生成されていますが、これは eltype(Die) = Any
であるためです。実際のコードでは Base.eltype(::Type{Die}) = Int
と定義することが推奨されます。
AbstractFloat
型の値の生成
AbstractFloat
型の乱数生成は特別扱いされており、型が表せる範囲全体ではなく [0,1)
の範囲から乱数を取るのがデフォルトになっています。そのため T <: AbstractFloat
に対してはメソッド Random.rand(::AbstractRNG, ::Random.SamplerTrivial{Random.CloseOpen01{T}})
を定義するべきです。
事前に計算されたデータを持つ最適化されたサンプラー
与えられた確率に従って 1:n
の整数が生成される離散分布を考えます。この分布から多くの値を生成する必要があるときは、別名テーブルを使った方法が高速です。このテーブルを構築するアルゴリズムはここに示しませんが、このアルゴリズムを実装した make_alias_table(probabilities)
関数が定義されていて、さらに別名テーブルを使って値を生成する関数 draw_number(rng, alias_table)
が利用できるとします。
離散分布は次の型で表します:
struct DiscreteDistribution{V <: AbstractVector}
probabilities::V
end
ここでは必要な値の個数に関わらず常に別名テーブルを構築するとします (このカスタマイズ方法は後述します)。この場合は、事前に計算されたデータを持ったサンプラーを返す次のメソッドを定義することになります:
Random.eltype(::Type{<:DiscreteDistribution}) = Int
function Random.Sampler(::Type{<:AbstractRNG},
distribution::DiscreteDistribution,
::Repetition)
SamplerSimple(disribution, make_alias_table(distribution.probabilities))
end
そしてランダムな値を生成するメソッドの定義は次のようになります:
function rand(rng::AbstractRNG, sp::SamplerSimple{<:DiscreteDistribution})
draw_number(rng, sp.data)
end
独自のサンプラー型
事前に計算されたデータを使う場合はたいてい SamplerSimple
型で十分です。ただ、ここでは独自のサンプラー型を使う方法を示すために、SamplerSimple
に似た型を実装します。
Die
の例をここでも使います: rand(::Die)
は固定された区間から乱数生成を行うので、この部分は最適化が可能です。独自のサンプラー型は SamplerDie
と呼ぶことにします:
import Random: Sampler, rand
struct SamplerDie <: Sampler{Int} # 生成されるのは Int 型の値
die::Die
sp::Sampler{Int} # 抽象型なので、改善が可能
end
Sampler(RNG::Type{<:AbstractRNG}, die::Die, r::Random.Repetition) =
SamplerDie(die, Sampler(RNG, 1:die.nsides, r))
# パラメータ r については後述
rand(rng::AbstractRNG, sp::SamplerDie) = rand(rng, sp.sp)
この定義があれば、rng
を使う rand
の呼び出しに die
ではなく sp = Sampler(rng, die)
と構築したサンプラー sp
を渡せるようになります。この非常に単純な例では die
を SamplerDie
に格納する必要はありませんが、実際のコードで独自のサンプラー型を書くときは通常必要になります。
もちろん、このパターンは非常に頻繁に表れるので、上述のヘルパー型 Random.SamplerSimple
が用意されています。この型を使えば SamplerDie
を新しく定義する必要はありません。つまりサンプラーの生成とランダムな値の生成の分離は次のようにも実装できます:
Sampler(RNG::Type{<:AbstractRNG}, die::Die, r::Random.Repetition) =
SamplerSimple(die, Sampler(RNG, 1:die.nsides, r))
rand(rng::AbstractRNG, sp::SamplerSimple{Die}) = rand(rng, sp.data)
このコードで sp.data
が指すのは SamplerSimple
コンストラクタの第二パラメータに渡した Sampler(rng, 1:die.nsides, r)
です。第一パラメータに渡した Die
オブジェクトには sp[]
でアクセスできます。
SamplerDie
と同様に、任意の独自サンプラー型は Sampler{T}
の部分型でなければならず、ここで T
は生成される値を表します。なお SamplerSimple(x, data) isa Sampler{eltype(x)}
であり、SamplerSimple
の第一引数はこの事実で制限されます (上述の Die
の例のように、Sampler
の定義では x
を SamplerSimple
の引数としてそのまま使うことが推奨されます)。同様に SamplerTrivial(x) isa Sampler{eltype(x)}
が成り立ちます。
現在 Random.SamplerTag
というヘルパー型も利用可能ですが、これは内部 API とみなされており、任意の時点で非推奨の警告無しに変更される可能性があります。
生成する値の個数でアルゴリズムを切り替える
ランダムな値を数個だけ生成するのか、それとも大量に生成するのかがアルゴリズムの選択に影響する場合があります。これは Sampler
コンストラクタの第三パラメータで処理されます。Die
に対するヘルパー型として、少数のランダムな値を生成するのに使う SamplerDie1
と大量のランダムな値を生成する SamplerDieMany
の二つを次のように定義したとすれば、この型は次のよう利用できます:
Sampler(RNG::Type{<:AbstractRNG}, die::Die, ::Val{1}) = SamplerDie1(...)
Sampler(RNG::Type{<:AbstractRNG}, die::Die, ::Val{Inf}) = SamplerDieMany(...)
rand
は型ごとに (rand(::AbstractRNG, ::SamplerDie1)
と rand(::AbstractRNG, ::SamplerDieMany)
の) 定義がもちろん必要です。また通常通り、必要なら SamplerTrivial
と SamplerSimple
を使うこともできます。
注意: Sampler(rng, x)
は Sampler(rng, x, Val(Inf))
の省略形、Random.Repetition
は Union{Val{1}, Val{Inf}}
の別名です。
新しい RNG の作成
新しい RNG を作る API はまだ固まっていませんが、大まかな要件は次の通りです:
- "基礎的な" 型 (整数あるいは浮動小数点数を表す
Base
に含まれるビット型) を返すrand
メソッドは、必要なら新しい RNG に対して個別に定義されるべきである。 - 他のドキュメントされた
rand
メソッドでAbstractRNG
を受け取るものは (1. のメソッドが存在するなら) そのまま動作する。新しい RNG 型で最適化が可能なら、もちろん特殊化したメソッドを定義することもできる。 - RNG の
copy
はコピー元の RNG がその時点から生成するのと全く同じ乱数列を生成する独立したコピーを返す。これが不可能な場合 (例えばハードウェアベースの RNG を使う場合) にはcopy
を実装してはいけない。
1. に関して、個別に定義していない rand
メソッドであっても自動的に動作する可能性もありますが、この振る舞いは公式にサポートされておらず、将来のリリースで変更される場合でも警告は出されません。
例えば MyRNG
型に対して新しい rand
メソッドを定義するときは、上述の通り次の二つのメソッドの定義が必要です。ここで S
は生成する値を指定する値 s
(例えば s == Int
や s == 1:10
) の型 typeof(s)
(s
が型なら S == Type{s}
) です:
Sampler(::Type{MyRNG}, ::S, ::Repetition)
rand(rng::MyRNG, sp::SamplerS)
(SamplerS
は 1. の関数が返すサンプラーの型)
Sampler(rng::AbstractRNG, ::S, ::Repetition)
が Random
モジュールで既に定義されている可能性もありますが、その場合は 1. をスキップしても動作します (新しい RNG 型を使った乱数生成部分だけの定義で済みます) が、そのとき対応する SamplerS
型は内部の実装詳細とみなされるので、警告無しに変更される場合があります。
配列生成の特殊化
ランダムな値からなる配列を生成するとき、RNG 型によっては前述した事前計算と値の生成の分離する方法より特殊化されたメソッドの方が高速になる場合があります。例えば MersenneTwister
はランダムな値をネイティブに配列として生成するので、この特徴を持ちます。
要素型 S
を持つ値の指定 s
と MyRNG
型の RNG に対する特殊化を実装するには、rand!(rng::MyRNG, a::AbstractArray{S}, ::SamplerS)
を実装します。ここで SamplerS
は Sampler(MyRNG, s, Val(Inf))
が返すサンプラーの型を表します。AbstractArray
の代わりに Array{S}
のような部分型に対してだけ機能を実装することもできます。上書きを行わないバージョンの rand
はこの特殊化を内部で自動的に呼び出します。
再現性
指定されたシードで初期化された RNG パラメータを使えば、プログラムを複数回実行したときにも同じ疑似乱数列を生成できます。ただし、Julia のマイナーリリース (例えば 1.3 から 1.4 への変更) は同じシードから生成される疑似乱数列の変更を許されています (rand
のような低水準関数が生成する列は変わらなくても、randsubseq
のような高水準関数でアルゴリズムが更新されて疑似乱数列が変わることもあり得ます)。疑似乱数列が変わらないことを保証すると、アルゴリズム的な改善が不可能になるためです。
ランダムなデータの正確な再現性が必要なら、ランダムなデータを保存してしまうというのも一つの手です。例えば科学的な出版物の補助資料として付けてください。もちろん、Julia とパッケージのバージョンを指定するだけでもある程度の再現性は保証できます。
特定の "ランダムな" データにだけ依存するソフトウェアテストでは、一般にそのデータは保存するかテストコードに埋め込むべきです。一方で、ほとんどのランダムなデータで通過するはずのテスト (例えばランダム行列 A = rand(n,n)
に対する A \ (A*x) = x
) では、固定されたシードを持つ RNG を使って何度もテストを実行したときに非常に確率の低いデータ (例えば非常に悪条件な行列) によってテストが失敗しないことを確認してしまって構いません。
生成されたランダムなサンプルの統計的な分布が Julia のマイナーリリースで変わらないことは保証されます。
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訳注: 複素整数型の情報を追加した。[return]