視点: クラウドが新たなインターネット

目次

第 9.1 節で見たように、電子メールやウェブサーバーといった伝統的なインターネットアプリケーションの実行場所はオンプレミスのマシンからコモディティのクラウドで実行される VM へと移行しつつある。この影響は用語の変化 (「ウェブサービス」から「クラウドサービス」へ) や内部で利用されるテクノロジの変化 (仮想マシンからクラウドネイティブのマイクロサービスへ) として現れている。しかし、ネットワークアプリケーションの実装方法に対してクラウドが及ぼす影響はこの移行が示唆するよりもさらに大きい。これから最も大きな影響力を持つのは、おそらくコモディティクラウドとオーバーレイネットワークを組み合わせたテクノロジ (例えば第 9.4 節で説明したピアツーピアネットワーク) である。

オーバーレイネットワークを利用するアプリケーションの効率を高めるために最も重要なのは広いフットプリントである。つまり、世界中に PoP (points of presence) が必要となる。IP ルーターは広くデプロイされているので、もしネットワーク運用者やエンタープライズの管理者がオーバーレイネットワークでノードを利用することを許可したなら、問題は全て解決する。しかし、オーバーレイネットワークを使うソフトウェアで見知らぬ人物がルーターに負荷をかけることは絶対に許可されない。

次の選択肢として、オーバーレイネットワークを利用するソフトウェアのホスト拠点をクラウドソースすることが考えられる。共通の目標 (例えば音楽の無料ダウンロード) を共有する人々の親切さにもよるものの、オーバーレイネットワークを利用する新しいソフトウェアがこれから盛り上がるとは考えにくい。仮に盛り上がったとしても、任意の時間帯でアプリケーションが生成する全てのトラフィックに対処できるだけの十分な容量を確保することが問題になるだろう。無料サービスとしてなら上手く行くかもしれないが、収益を上げようと少しでも思って開発されるアプリケーションには適していない。

世界中に存在するサーバーで私のソフトウェアを実行し、ネットワークに負荷をかける権利を売ってくれる人がいてくれたなら...。もちろん、Amazon AWS, Microsoft Azure, Google Cloud Platform といったコモディティのクラウドがまさにこれを提供する。多くの人にとって、クラウドが提供するのは無尽蔵に思える数のサーバーである。しかし実は、サーバーが世界中に存在する事実も同程度に ── それよりも重要とは言わないものの ── 重要となる。第 4 章の終わりで議論したように、クラウドは互いに高速回線で接続された世界中に存在する 150 箇所以上の拠点に分散されている。

例として、いくつもの映像・音声チャンネルを数百万人のユーザーにストリーミングしたり、あるいは世界中の人々が参加する数千のビデオ会議セッションをサポートしたりする状況を考えよう。このときは前述した世界中にあるクラウド拠点 (の一部) をノードとしたオーバーレイマルチキャスト木を (最初の例ではビデオチャンネルにつき一つ、二つ目の例ではビデオ会議セッションにつき一つ) 構築することになる。その上で、エンドユーザーには汎用のウェブブラウザまたは専用のスマートフォンアプリからマルチキャスト木に接続させるようにする。動画/音声コンテンツを後から再生できるようにもしたい (タイムシフトをサポートする) 場合は、クラウド拠点の一部または全てでストレージ容量を購入し、事実上コンテンツ配送ネットワークを独自に構築することになる。

元々インターネットは純粋な通信サービスと認識され、データの計算・格納を行う数え切れないほどのアプリケーションがエッジで成長してきた。しかし現在アプリケーションソフトウェアは様々な実用上の理由からインターネットの内部に埋め込まれる (分散される) ようになり、インターネットとクラウドの境界を見つけるのはますます難しくなっている。今後クラウドはエッジ (例えばアクセスネットワークが配備される数千個の拠点) に向かって移動を続け、この境界の曖昧化は進行を続けると思われる。そして規模の経済性に導かれ、インターネットとクラウドの拠点を構築するのに使われるハードウェアデバイスは今後さらにコモディティになっていくだろう。

さらに広い視点

インターネットのクラウド化が重要な理由を思い出したい場合は、視点: 機能速度を読んでほしい。

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