視点: クラウドがインターネットを飲み込む

クラウドとインターネットは共生関係にあるシステムである。歴史的には異なるシステムだったものの、現在ではクラウドとインターネットの境界はますます曖昧になっている。教科書的な定義から始めるなら、インターネットは任意の二つのホスト (例えばクライアントのノート PC とリモートのサーバーマシン) にエンドツーエンドの接続を提供し、クラウドは倉庫サイズのデータセンターをいくつも利用し、大量のサーバーマシンに対する電力供給、冷却、運用を低コストで行う。エンドユーザーがインターネット越しに近くのデータセンターに接続するのは、同じ人物がオフィスのリモートマシン用の部屋にあるサーバーに接続するのと全く変わらない。

この説明は Amazon, Microsoft, Google といった商用クラウドプロバイダが始まったころのインターネットとクラウドの関係の説明としては間違っていない。例えば 2009 年ごろの Amazon はクラウド用のデータセンターを二つ持っており、一つはアメリカの東海岸に、もう一つは西海岸にあった。しかし現在では、主要なクラウドプロバイダは数十ものデータセンターを地球上の様々な場所に保有している。その多くがインターネット全体との高速で大容量な接続を提供する IXP (Internet Exchange Point, インターネット相互接続点) の近くに存在することに驚きはしないだろう。世界には 150 箇所以上の IXP が存在する。全てのクラウドプロバイダがそれぞれの IXP の近くに完全なデータセンターを持つわけではない (共用施設である場合も多い) ものの、クラウドの最も頻繁にアクセスされるコンテンツ (例えば最も閲覧される Netflix の映画、YouTube のビデオ、Facebook の写真) が多くの場所に分散されるのはまず間違いない。

広く分散するクラウドが意味することが二つある。まず、クライアントとサーバーを結ぶエンドツーエンドの路がインターネット全体を通る必要がなくなる可能性がある。ユーザーが望むコンテンツの複製が近くの IXP ── たいていは一度の AS ホップで到達できる場所 ── で見つかる可能性が高く、もしそうなら地球規模の旅をしないで済む。次に、主要なクラウドプロバイダは分散データセンターを相互接続するのにパブリックインターネットを使わない。例えば分散されたデータセンター間でコンテンツを同期した状態に保つのはよくある処理だが、これは通常プライベートのバックボーンを使って行われる。そのためクラウドプロバイダは他の組織との完全な相互運用を考えることなく好きな最適化を利用できる。

言い換えれば、第 4.1 節で示した図 はインターネットの概形をそれなりに正しく表しており、BGP によって任意の二つのホストが接続できるようになるものの、実際には多くのユーザーはクラウドで実行されるアプリケーションと対話する。そのためインターネットの概形は図 124 のように示した方が正確になる (この図で省略されている重要な詳細の一つとして、典型的なクラウドプロバイダは自身が保有する回線で WAN を構築せず、ISP から回線をリースする点がある。これはプライベートなクラウドバックボーンと ISP のバックボーンがしばしば物理的なインフラを共有することを意味する)。

クラウドはプライベートなバックボーンを通してインターネット中に広がっている。
図 124.
クラウドはプライベートなバックボーンを通してインターネット中に広がっている。

コンテンツをクラウドが保有する様々な場所に複製しておくことはできても、を複製する方法はいまだに見つかっていない事実に注目してほしい。これは遠く離れた場所にいるユーザー同士が対話 ── 例えばビデオ会議通話 ── を行うとき、クラウドを通じて分散されるのがマルチキャスト木であることを意味する。言い換えれば、典型的にマルチキャストは (第 4.3 節 が示唆するように) ISP バックボーンのルーターで実行されることはなく、世界の 150 箇所に存在する主要な IXP の一部に分散されたサーバープロセスの中で実行される。こうして構築されるマルチキャスト木はオーバーレイ (overlay) と呼ばれる。オーバーレイは第 9.4 節でまた説明する。

さらに広い視点

次章の視点: HTTP が新たな細いくびれにを読めば、インターネットのクラウド化についてさらに知ることができる。

クラウドがどれだけ分散されているかを学びたいなら、How the Internet Travels Across the Ocean (New York Times, March 2019) を勧める。

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