2.1 テクノロジの概観

本章の最初で示した問題を見ていく前に、「リンク」について肩慣らしをしておいた方がいいだろう。本章には幅広いリンクテクノロジが登場する。リンクが多様な理由の一つが、デバイスをネットワークに接続しようとするユーザーの環境が多様なことだ。

一方の端ではグローバルネットワークを構築するネットワークオペレーターが冷蔵庫サイズのルーター同士をつなぐ数百あるいは数千キロにまたがるリンクを利用し、もう一方の端では典型的なユーザーが自身のコンピューターを既存のインターネットにつなぐ手段としてリンクを利用する。ユーザーが使うリンクはコーヒーショップの無線 Wi-Fi かもしれないし、オフィスあるいは大学内のイーサネットリンクかもしれない。スマートフォンでセルラーネットワークに接続するケースもあれば、ISP が提供する光ファイバーリンクを利用するケースも近年ますます増えている。それ以外の多く人は銅製の電線またはケーブルを利用するだろう。一見こういったリンクには共通点がなさそうに見えるものの、上位のプロトコルスタックにとって有用で信頼性の高い接続を提供するための戦略は幸い共通している。

現代のインターネットを構成する様々な種類のリンクを図 21に示す。一番左にあるのはエンドユーザーのデバイスであり、スマートフォンからタブレット、完全装備のコンピューターまで様々なデバイスが様々な手法で ISP へと接続されている。この部分のリンクは様々な技術を利用するものの、図ではデバイスとルーターをつなぐ直線として表されている。その他にも ISP のネットワーク内でルーター同士をつなぐリンク、そして ISP のルーターと「インターネットの残りの部分」をつなぐリンクが存在する。インターネットの残りの部分は他の ISP のネットワークおよびそこに接続されたホストから構成される。

エンドユーザーから見たインターネット
図 21.
エンドユーザーから見たインターネット

図中のリンクが全て同じように描かれている理由は著者らの画力不足だけではなく、リンクほどに複雑で多様なものに対して共通の抽象化を提供することがネットワークアーキテクチャの役割の一つだからでもある。ノート PC やスマートフォンにとってリンクの種類はどうでもよく、インターネットへつながるリンクを持っている事実だけが重要となる。同様に、ルーターは自身と他のルーターをつなぐリンクの種類を気にかける必要がない ── そのリンクを通じてパケットを送信できて、それが非常に高い確率でリンクのもう一方に届けられるなら何でも構わない。

異なる種類のリンクをエンドユーザーとルーターに対して十分に似せて見せるにはどうすればいいだろうか? 事実上、そのためには現実世界に存在するリンクが持つ物理的な制限や欠陥の全てを考慮しなければならない。本章の最初で考えるべき問題を軽く紹介したが、それらについて議論する前に、まずは簡単な物理学を学ぶ必要がある。リンクは信号 (例えば電波などの電磁波) を伝達できる物理素材で作られるものの、我々が本当に行いたいのは信号ではなくビットの伝達である。本章の以降の節では、ビットを物理媒体で転送するために符号化する方法を見てから上述した問題を議論する。そのため本章を最後まで読めば、使われる物理媒体に関係なく任意の種類のリンクを使って完全なパケットを送信する方法が理解できるだろう。

リンクの分類を考えよう。リンクを分類できる一つの特徴として、利用される媒体がある ── 典型的には銅線、光ファイバー、空気 (空間) が利用される。銅線はツイストケーブル (イーサネット固定電話で使われる) や同軸ケーブルで、光ファイバーはファイバー・トゥ・ザ・ホームと長距離リンクの両方で、空気 (空間) は無線リンクで用いられる。

リンクを分類できるもう一つの重要な特徴として、電磁波の振動頻度をヘルツで表した周波数 (frequency) がある。波の隣り合う極大値あるいは極小値の間の距離をメートルで表した値は波長 (wavelength)と呼ばれる。どんな電磁波も光速 (媒体によって異なる) で伝播するので、光速を周波数で割った値は波長に等しい。以前に例として出したように、音声用電話回線では 300 Hz から 3300 Hz の周波数を持つ信号が連続的な電磁波として伝達される。銅線における光速は真空中の高速の約 3 分の 2 なので、例えば銅線を伝わる周波数 300 Hz の電磁波の波長は次のように計算できる:

\[ \begin{aligned} \text{波長} &= \text{銅線における高速} / \text{周波数} \\ &= \frac{2}{3} \times 3 \times 10^{8} {\Large/} 300 \\ &= 667 \times 10^{3}\,\text{m} \end{aligned} \]

一般に、電磁波の周波数はもっと広い値を取り、周波数の低い方から電波 (radio wave)、赤外線 (infrared light)、可視光 (visible light)、X 線 (x-ray)、ガンマ線 (gamma ray) と分類される。これらの分類を表した電磁スペクトル (electromagnetic spectrum) を図 22 に示す。ここにはどの媒体がどの周波数帯を伝達するのに使われるかも示されている。

電磁スペクトル
図 22.
電磁スペクトル

図 22 にはセルラーネットワークの周波数帯が示されていない。これは、セルラーネットワーク用として認可される周波数帯が国によって異なる事情があるためである。加えてネットワーク運用者は周波数帯が異なる古い (レガシー) テクノロジと新しい (次世代) テクノロジを同時にサポートすることが多いので、事態はさらに複雑になる。大まかにまとめておくと、古くからあるセルラーネットワークは 700 MHz から 2400 MHz の周波数を利用する。そして現在ミッドバンド (mid-band) と呼ばれる周波数帯が 6 GHz 周辺に割り振られ、ミリ波 (mmWave) と呼ばれる周波数帯が 24 GHz より上に割り振られつつある。このミッドバンドとミリ波という周波数帯は 5G 携帯ネットワークの重要な要素になると見込まれている。

ここまでは信号を電磁波として伝達する物理媒体をリンクとして考えてきた。そのようなリンクはあらゆる種類の情報を転送するための基礎を提供し、転送しようとしているデータ (1 と 0 からなるバイナリデータ) は信号として表現される。この事実を差してバイナリデータは信号に符号化 (encode) されると言う。バイナリデータから電磁波信号への符号化は簡単な問題ではない。分かりやすくするために、この問題を二つの層に分けて考えることができる。下の層は変調 (modulation) を担当する ── 信号の周波数、振幅、位相を変動させて情報を伝える。変調の簡単な例は単一の波長の大きさ (振幅) を変化させることである。簡単に言えば、これは明かりを点けたり消したりするのに等しい。この変調の問題はコンピューターネットワークの構成要素としてリンクを議論するときあまり重要でないので、我々はリンクを使って区別可能な信号の組 ── 「high」と「low」と思えばよい ── が転送できると仮定し、上の層だけに注目する。上の層はバイナリデータをこの二つの信号に符号化するという、変調よりずっと簡単な問題を担当する。次節では符号化の方式を議論する。

リンクを用途で分類することもできる。どの種類のリンクがどこで用いられるかは様々な経済的な要因や配備上の問題から影響を受ける。多くの消費者がインターネットを利用するとき利用するのは、コーヒーショップ、空港、大学などに配備された無線ネットワーク、あるいは ISP が提供するラストマイル回線 (last-mile link) である。ラストマイル回線はアクセスネットワーク (access network) とも呼ばれる。図 21 でラストマイル回線は左端に描かれている。ラストマイル回線で利用される種類のリンクを表 2 にまとめる。典型的に、これらの種類のリンクは数百万人の消費者を接続するコストに優れた方法であるために選択される。例えば DSL (Digital Subscriber Line, デジタル加入者回線) は古くからある既存のアナログ電話回線のために敷設された銅製のツイストペアケーブルを利用する旧世代のテクノロジであり、G.Fast は主に集合住宅で利用される銅ベースのテクノロジ、PON (passive optical network, 受動光ネットワーク) は家庭やオフィスを近年配備が始まった光ファイバーで接続するときによく使われる新しいテクノロジである。

テクノロジ 帯域
DSL (銅) 最大 100 Mbps
G.Fast (銅) 最大 1 Gbps
PON (光ファイバー) 最大 10 Gbps
表 2.
家庭へのラストマイル接続で一般的なテクノロジ

それから当然、携帯端末をインターネットに接続する携帯ネットワーク (mobile network) も存在する。このネットワークはセルラーネットワーク (cellular network) と呼ばれることもあれば、規格の名前から 4G とも呼ばれることもある (さらに最近では 5G への進化が急速に進んでいる)。家庭やオフィスの単一のインターネット接続として携帯ネットワークを使うこともできる。しかし携帯ネットワークには、場所を移動してもインターネット接続が保たれる利点がある。

ここまでに例として紹介したテクノロジは家庭やオフィスへのラストマイル接続によく使われる選択肢ではあるものの、完全なネットワークをゼロから構築するときには利用できない。完全なネットワークの構築では、都市や国家を相互接続するために長距離のバックボーン回線 (backbone line) が必要になる。現代のバックボーン回線で使われるリンクはほぼ全てが光ファイバーであり、SONET (Synchronous Optical Network, 同期光ネットワーク) と呼ばれるテクノロジを利用している。元々 SONET は電話会社の厳しい管理要件を満たすために開発された。

最後に、ラストマイル回線、バックボーン回線、携帯回線に加えて、オフィスや大学のキャンパスで見られる種類の回線がある。この回線は一般に LAN (local area network, ローカルエリアネットワーク) と呼ばれる。LAN のリンクとして圧倒的によく使われるテクノロジはイーサネット、そしてイーサネットの無線版といえる Wi-Fi である。

本節で行ったリンクのサーベイは決して網羅的なものではないものの、多用な種類のリンクが存在すること、およびその理由の一端は理解できたと思う。以降の節を読めば、下位層の複雑性と経済的な要因を隠蔽して一貫したネットワークの解釈を上位層に提示するにはネットワークプロトコルがどのようにリンクの多様性を活用すればいいのかが理解できるだろう。

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