2.8 アクセスネットワーク

家庭、オフィス、学校、そして多くの公共空間からインターネットに接続するときは、イーサネットや Wi-Fi の接続を用意するのに加えて、アクセス (access) あるいはブロードバンド (broadband) と呼ばれるサービスを ISP から購入する必要がある。本節では、このサービスで利用される二つのテクノロジを解説する: FTTH (Fiber to the Home, ファイバー・トゥ・ザ・ホーム) と呼ばれることも多い PON (passive optical network, 受動光ネットワーク) と、携帯デバイスを接続するセルラーネットワーク (cellular network) である。両方の場合でネットワークはイーサネットや Wi-Fi と同じく多元接続であるものの、これから見るようにアクセス調停へのアプローチが大きく異なる。

もう少し文脈を提供しておくと、ISP (例えば通信事業者やケーブルテレビ事業者) は全国的なバックボーンを運用する場合が多い。そのバックボーンには数百あるいは数千のエッジ設備が接続され、それぞれが一つの都市などの一定の範囲にサービスを提供する。このエッジ設備は通信事業者ではセントラルオフィス (central office) と呼ばれ、ケーブルテレビ事業者ではヘッドエンド (head end) と呼ばれる。これらの名前は「中央」あるいは「一番上」を示唆するにもかかわらず、セントラルオフィスおよびヘッドエンドは ISP のネットワークの最も端に位置する: ISP から見たラストマイルであり、直に顧客と接続する。PON とセルラーネットワークのアクセスネットワークはこういった設備で利用される1

2.8.1 PON

PON (passive optical network, 受動光ネットワーク) は光ファイバーを利用するブロードバンドを家庭やオフィスに届けるために最もよく使われる。PON はポイントツーマルチポイント (point-to-multipoint) の設計を採用する。つまり PON は ISP のネットワークに含まれる単一のノードから始まる木の形をしており、最大 1024 の家庭やオフィスに接続を提供する。PON という名前はスプリッターが受動的である事実から来ている: 光信号を上流あるいは下流に転送するとき、スプリッターは能動的なフレームの蓄積転送を行わない。この意味で、PON のスプリッターは古典的なイーサネットで用いられるリピーターの光信号バージョンと言える。フレーム化は ISP の施設に設置される OLT (Optical Line Terminal) と呼ばれるデバイス、および各家庭に設置される ONU (Optical Network Unit) と呼ばれるデバイスで行われる。

図 52 に PON の例を示す。簡略化して ONU と OLT を一つだけ描いているが、実際のセントラルオフィスは複数の OLT を持ち、全体で数千の顧客を接続する。正確性のため、図 52 には PON が ISP のバックボーン (およびインターネット全体) に接続するときの詳細が二つ描かれている。アグリゲーションスイッチ (Agg Switch) はいくつかの OLT からのトラフィックを集約し、BNG (Broadband Network Gateway) は料金請求のためのインターネットトラフィックの測定をはじめとした様々な処理を行う。その名前が表すように、BNG はアクセスネットワーク (BNG より左側) とインターネット (BNG より右側) の間にある事実上のゲートウェイである。

セントラルオフィスの OLT と家庭・オフィスの ONU を接続する PON
図 52.
セントラルオフィスの OLT と家庭・オフィスの ONU を接続する PON

スプリッターが受動的なので、PON は何らかの多元接続プロトコルを実装する必要がある。PON が採用するアプローチを次のようにまとめられる。まず、上流と下流のトラフィックは二つの異なる波長で転送され、互いに完全に独立する。OLT から始まる下流のトラフィックでは、信号が PON の全てのリンクを下っていく。そのため全てのフレームは全ての ONU に到達する。ONU は特定の波長で送信されたフレームに含まれる識別子を確認し、自身に向けられたフレームだけを受け取り、それ以外は破棄する。ONU が他の ONU に宛てられたトラフィックを盗聴できないよう暗号化が使われる。

上流のトラフィックでは上流用の波長が時分割多重化して利用され、各 ONU には定期的に送信の順番が回る。一つの PON に含まれる ONU はかなり広い (キロメートル単位の) 領域に分布するので、SONET のように同期されたクロックを基準として送信を行うのは現実的でない。その代わり、OLT はそれぞれの ONU に対してグラント (grant) を送信することで ONU に送信できる時間を伝える。言い換えれば、PON の共有処理をラウンドロビン方式で一元的に実行する権限を単一の OLT が持つ。この権限を使えば、OLT はそれぞれの ONU に異なる時間を与えることで異なるサービスのレベルを事実上実装することもできる。

利用される共有アルゴリズムが時とともにさらに広い帯域をサポートするように進化していったという点で、PON とイーサネットは似ている。現在最も広く配備されている G-PON (Gigabit-PON) は 2.25 Gbps をサポートし、10 Gbps をサポートする XGS-PON の配備も始まっている。

2.8.2 セルラーネットワーク

携帯電話のテクノロジはアナログの音声通信にルーツを持つものの、現在ではセルラーの規格を利用したデータサービスが標準となっている。Wi-Fi と同様、セルラーネットワークは電波スペクトルの特定の周波数帯を使ってデータを転送する。しかし、Wi-Fi では 2.4 GHz あるいは 5 GHz のチャンネルを誰でも利用できる (基地局をセットアップするだけであり、家に基地局がある読者も多いだろう) のに対して、セルラーネットワークではサービスプロバイダが様々な周波数帯の独占的利用権をオークションで取得し、免許を得たサービスプロバイダが携帯接続サービスを加入者に販売する。

セルラーネットワーク向けに利用される周波数帯は世界各地で異なり、加えて ISP が古い (レガシーな) テクノロジと新しい (次世代の) テクノロジが使うそれぞれ異なる周波数を同時にサポートする場合が多い事実によって複雑になる。大まかにまとめておくと、古くからあるセルラーネットワークは 700 MHz から 2400 MHz の周波数を利用する。そして現在ミッドバンド (mid-band) と呼ばれる周波数帯が 6 GHz 周辺に割り振られ、ミリ波 (mmWave) と呼ばれる周波数帯が 24 GHz より上に割り振られつつある。

市民ブロードバンド無線サービス (CBRS)

免許が用意される周波数帯に加えて、北アメリカでは 3.5 GHz のあたりに CBRS (Citizens Broadband Radio Service, 市民ブロードバンド無線サービス) と呼ばれる免許が不要な周波数帯が確保されている。この周波数帯は無線ラジオを持ってさえいれば誰でも利用できる。他の国でも免許不要な周波数帯は存在する。CBRS があることで、例えば大学のキャンパス、会社、工場といった場所にプライベートなセルラーネットワークを構築できるようになる。

さらに細かい話をすると、CBRS は三つの階層のユーザーが周波数帯を共有できるようにしている: 最も優先されるのは CBRS の周波数帯を元々所有していた海軍のレーダーと衛星地上局であり、その次に地域ごとのオークションで 10 MHz 幅の周波数帯の三年利用権を取得したユーザーが優先される。最後に利用できるのがその他の人々であり、登録されたユーザーの中央データベースを最初に確認することを条件に CBRS の周波数帯を自由に利用できる。

IEEE 802.11 (Wi-Fi) と同様、セルラーテクノロジは有線ネットワークに接続された基地局を利用する。セルラーネットワークでは基地局を BBU (Broadband Base Unit) と呼び、BBU に接続する携帯デバイスを UE (user equipment, ユーザー機器) と呼ぶことが多い。BBU はセントラルオフィスでホストされる EPC (Evolved Packet Core) に接続される。EPC が提供する無線ネットワークをRAN (radio access network, 無線アクセスネットワーク) と呼ぶ。

BBU は正式には Evolved NodeB と呼ばれる ── しばしば eNB または eNodeB と略される。ここで NodeB は初期のセルラーネットワークにおける無線ユニットの呼び名である。セルラーの世界は速いペースで進化を続けており、eNB は近いうちに next generation NodeB (略称 gNB または gNodeB) にアップグレードされると見込まれているので、本書ではより一般的で理解しやすい BBU という単語を使用した。

エンドツーエンドの通信シナリオにおける構成の一例を図 53 に示す。ここには細かい部分が追加で描かれている。EPC は複数のサブコンポーネントを持つ: 例えば MME (Mobility Management Entity)、HSS (Home Subscriber Server)、そして SGW (Session Gateway) と PGW (Packet Gateway) の組がある。MME は RAN に接続した UE の移動の追跡と管理を行い、HSS は加入者に関連する情報を持ったデータベースである。二つのゲートウェイ SGW と PGW は RAN とインターネットの間でパケットの処理と転送を行い、EPC のユーザープレーン2 (user plane) を構成する。「構成の一例」と述べたのは、セルラーの規格では一つの MME が幅広い個数の SGP/PGW を管理することが許されており、複数のセントラルオフィスでカバーされる広大な領域における移動を単一の MME で管理することも可能なためである。最後に、図 54 には描かれていないものの、リモートの BBU をセントラルオフィスに接続するときに ISP の PON が用いられる場合もある。

セントラルオフィスでホストされる EPC (Evolved Packet Core) に RAN (無線アクセスネットワーク) を通してセルラーデバイス (UE) が接続する。
図 53.
セントラルオフィスでホストされる EPC (Evolved Packet Core) に RAN (無線アクセスネットワーク) を通してセルラーデバイス (UE) が接続する。

BBU のアンテナからの信号が届く地理的領域をセル (cell) と呼ぶ。一つのアンテナを持った BBU が一つのセルに信号を届ける場合もあれば、複数の指向性アンテナを持った BBU が複数のセルに信号を届ける場合もある。セルにはっきりとした境界があるわけではなく、セルが重複することもある。理論上はセルが重複する領域にいる UE は複数の BBU と通信できるものの、UE の通信および制御を担当するのは任意の時点で一つの BBU と決まっている。デバイスが現在のセルを抜けようとすると、そのデバイスは他の (一つ以上の) セルに入っていく。現在そのデバイスを担当している BBU はデバイスからの信号が弱くなったことを検出し、デバイスが最も強い信号を受け取っている基地局に制御を受け渡すことができる。そのときデバイスが通話などの通信セッションを行っている場合は、そのセッションを新しい基地局に伝えるハンドオフ (handoff) と呼ばれる処理を行う必要がある。ハンドオフを行う判断は MME によって行われるものの、この部分は歴史的にセルラー機器ベンダーによってプロプライエタリとされている (最近になってオープンソースの MME 実装も登場し始めている)。

セルラーネットワークを実装するプロトコルにはいくつかの世代があり、口語では 1G, 2G, 3G などと呼ばれる。最初の二つの世代では通話だけがサポートされたものの、3G は数百キロビット毎秒のデータレートをサポートすることでブロードバンドアクセスへの移行を決定付けた。現在、産業は 4G (サポートされる典型的なデータレートは数メガビット毎秒) を利用しており、5G への移行プロセスが進んでいる (データレートが 10 倍になるとされている)。

3G の時点では、世代の名前が規格を策定する団体 3GPP (3rd Generation Partnership Project) の名前に対応していた。3GPP は名前に「3G」を持つものの、4G および 5G 向けの規格の策定も行う。先日公開された Release 15 は 4G から 5G への境界点と考えられている。3G 以降のリリースと世代を総称して LTE (Long Term Evolution) と呼ぶことがある。つまり要点としては、それぞれの規格は個別のリリースとして公開されるものの、産業全体は LTE と呼ばれるしっかりと定義された進化の道を歩んでいる事実が重要となる。本節では LTE の用語を使って解説を行うものの、必要な場合は 5G で予定されている変更も紹介する。

LTE の空間インターフェースが持つ主要な重要なイノベーションは、利用可能な電波の周波数を UE に割り当てる方法である。接続ベースで周波数を割り当てる Wi-Fi とは異なり、LTE は予約ベースの戦略を用いる。この戦略の違いは利用率に関して二つのシステムが置いている基礎的な仮定から来ている: Wi-Fi は負荷があまり高くないネットワークを仮定するので、リンクがアイドルになったら楽観的にデータを転送し、競合が検出されたらバックオフする。これに対してセルラーネットワークは高い利用率を仮定 (および追求) するので、利用可能な電波スペクトルの異なる「シェア」を異なるユーザーに明示的に割り当てる。

LTE における最新の媒体アクセス制御メカニズムは OFDMA (Orthogonal Frequency-Division Multiple Access, 直交周波数分割多元接続) と呼ばれる。OFDMA のアイデアは、それぞれが独立に変調される 12 個のサブキャリア周波数を使ってデータを多重化するというものである。OFDMA の「多元接続 (MA)」は異なるサブキャリア周波数を使って異なる時間にわたって複数のユーザーに対するデータを同時に送信できることを意味する。サブキャリアの周波数帯は狭い (例えば 15 KHz) ものの、ユーザーのデータを符号化する OFDMA シンボルは隣り合う周波数の干渉によるデータ損失のリスクが最小化されるように設計されている。

OFDMA を使うとき、電波スペクトルは図 54 のように二次元のリソースとして自然に表せる。スケジュール可能な最小単位は RE (Resource Element) と呼ばれ、15 KHz 幅のサブキャリア周波数帯で一つの OFDMA シンボルを送信することに対応する。一つのシンボルに符号化できるビット数は変調レートによって異なる。例えば QAM (Quadrature Amplitude Modulation, 直角位相振幅変調) では、16-QAM ならシンボルにつき 4 ビット、64-QAM ならシンボルごとに 6 ビットが符号化される。

スケジュール対象となるリソースエレメントの二次元格子として抽象的に表された電波スペクトル
図 54.
スケジュール対象となるリソースエレメントの二次元格子として抽象的に表された電波スペクトル

スケジューラは 7×12 = 84 個のリソースエレメントを一単位として割り当ての判断を行う。84 個のリソースエレメントをまとめたものを PRB (physical resource block, 物理リソースブロック) と呼ぶ。図 54 には隣り合う二つの PRB が示されており、色は割り当てられた UE を表す。時間は当然一方向にのみ流れ、免許が得られている周波数帯のサイズに応じて周波数軸に沿ったサブキャリアのスロット数 (つまり PRB のサイズ) は変化する。スケジューラは事実上 PRB ごとに転送のスケジューリングを行う。

図 54 に示されている 1 ms の TTI (Transmission Time Interval) は BBU が信号の質に関するフィードバックを UE から受信する周期に対応する。このフィードバックは CQI (Channel Quality Indicator) と呼ばれ、UE がデータビットを回復する能力に関係する SN 比 の観測値などの情報を持つ。基地局は担当している UE に対する利用可能な電波スペクトルの割り当てを CQI からの情報を使って調整する。

電波スペクトルのスケジュール方法に関するここまでの説明は 4G に特有のものである。4G から 5G へ移行すると電波スペクトルのスケジュールにさらなる自由度が追加され、セルラーネットワークを今までより多様なデバイスおよびアプリケーション分野で採用できるようになる。

最も重要なこととして、5G では ── 波形が一つだけ規定される 4G と異なり ── それぞれが電波スペクトルの異なる領域に最適化された複数の波形が定義される3。キャリア周波数が 1 GHz 以下の周波数帯は携帯ブロードバンドおよび大規模 IoT サービスを提供するために設計され、通信距離に重点が置かれる。1 GHz から 6 GHz のキャリア周波数帯はそれより広い帯域を提供するために設計され、携帯ブロードバンドおよびミッションクリティカルなアプリケーションが主なターゲットとなる。24 GHz 以上のキャリア周波数 (mmWave) は短距離の直線的な領域で超広帯域を提供するために設計されている。

これらの異なる波形はスケジューリングとサブキャリアの間隔 (つまり上述したリソースエレメントの「サイズ」) に影響する。

これらの豊富な選択肢はスケジューラにさらなる自由度を加えるので重要となる。リソースブロックをユーザーに割り当てるだけではなく、スケジューラは自身がスケジュールを担当する周波数帯で使われる波形を切り替えることでリソースブロックのサイズを動的に調整できる。

4G であれ 5G であれ、スケジューリングアルゴリズムは難易度の高い最適化問題となる。この問題では利用可能な周波数帯の利用率を最大化しつつ、それぞれの UE が必要とするだけのレベルのサービスを受信できることを保証することが目標となる。このアルゴリズムは 3GPP によって規定されるものではなく、BBU ベンダーが保有するプロプライエタリな知的財産である。


  1. PON と同じ役割のテクノロジとして DSL がある。DSL は銅線ベースのレガシーなテクノロジであり、通信事業者のセントラルオフィスでも利用は打ち切られている。消え去りつつあるテクノロジなので、本書では DSL を説明しない。 ↩︎

  2. 訳注: セルラーネットワークの文脈において、ユーザーが実際に必要とするデータのやり取りを管理する仕組みを「ユーザープレーン」と呼ぶ。どの基地局をどのように使うかといったユーザーには直接関係のない情報を管理する仕組みを「コントロールプレーン (control plane)」と呼ぶ。セルラーネットワーク以外の文脈ではユーザープレーンを「データプレーン」と呼ぶ。 ↩︎

  3. 波形は周波数、振幅、位相変位とは独立した信号の特徴の一つ (形) である。波形の例としてサイン波がある。 ↩︎

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