視点: エッジへの競争
ソフトウェア化によるネットワークの変革を見ていくにあたって、最も激しい変化を経験しているネットワークであるインターネットに家庭、オフィス、モバイルユーザーを接続するのはアクセスネットワークであることを意識しておくべきである。第 2.8 節で解説した FTTH とセルラーネットワークは現在のところ複雑なハードウェア機器 (例えば OLT, BNG, BBU, EPC) から構築される。こういったデバイスは歴史的にクローズでプロプライエタリであるだけではなく、販売されるときベンターによって多種多様な機能が搭載される。そのためアクセスネットワークを構成するデバイスは高価で、運用が複雑で、変更がゆっくりとしか行えない。
これに対応する形で、ネットワーク運用者はそういった専用機器から一般向けのハードウェア (サーバー、スイッチ、アクセスデバイス) で実行されるオープンなソフトウェアへと積極的に移行している。この潮流は CORD (Central Office Re-architected as a Datacenter) と呼ばれることが多い:「データセンターとして再設計されたセントラルオフィス」を意味する。これは名前が示すように、クラウドを形作る大規模データセンターと全く同じテクノロジを使って通信事業者のセントラルオフィスを構築するというものである (構築するのがケーブルテレビ事業者のヘッドエンドである場合もある。そのときは HERD と呼ばれる)。
専用機器を一般向けのハードウェアに置き換えることによるコスト削減はネットワーク運用者が CORD に向かうモチベーションの一つではあるものの、それよりも大きいモチベーションとしてイノベーションのペースを高める必要性が挙げられる。ネットワーク運用者の目標は、低レイテンシの接続から恩恵を受ける新しい種類のエッジサービス ── 公共安全ネットワーク (public safety network)、自動運転車、自動化工場、IoT (Internet of Things, モノのインターネット)、没入感の高いユーザーインターフェースなど ── をエンドユーザーに届けること、そしてさらに重要なこととして、ユーザーの身の周りでますます増え続けるデバイスに届けることである。この結果として、図 55 に示すような多層のクラウドが生まれた。
こういった考え方は、様々な機能をデータセンターからネットワークのエッジへと移動させるという近年加速しているトレンドの一部だと言える。このトレンドではクラウドプロバイダとネットワーク運用者の思惑が衝突する: クラウドプロバイダは低レイテンシかつ広帯域のアプリケーションを求めてデータセンターを飛び出しエッジへと進んでいるのに対して、ネットワーク運用者はアクセスネットワークを実装する既存のエッジでクラウドのベストプラクティスとテクノロジを採用しようとする。今後このトレンドがどのように変化するかは予想できない: 両方の産業が独自の強みを持っている。
一方では、クラウドプロバイダはエッジクラスターを大都市圏に大量導入することでアクセスネットワークを抽象化すれば、次世代エッジアプリケーションにとって十分低いレイテンシと十分高い帯域を持ったエッジプレゼンスを構築できると考えている。このシナリオでアクセスネットワークは馬鹿なビットパイプのままであり、クラウドプロバイダが最も得意とすること ── コモディティハードウェアを使ったスケーラブルなクラウドサービスの実行 ── を上手く行えるようにするために存在する。
もう一方では、ネットワーク運用者はクラウドテクノロジを使って次世代アクセスネットワークを構築すればエッジアプリケーションをアクセスネットワークに追加で設置できると信じている。このシナリオには生来的なアドバンテージがある: 広く配備された機器があるので物理的にカバーされる範囲が広く、運用上のサポートが存在し、そしてモバイルとサービス保証の両方がネイティブにサポートされる。
将来の可能性を二つ見たところで、ネットワークのソフトウェア化の三つ目の産物を紹介しよう。これは検討に値するだけではなく、実際に行動を始めるに値する: それはネットワークエッジの民主化 (democratization of the network edge) である。つまり、アクセスエッジクラウド (access-edge cloud) が現職のクラウドプロバイダやネットワーク運用者だけではなく誰からでもアクセス可能になる。ネットワークの民主化に期待できる理由が三つある:
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アクセスネットワーク向けのハードウェアとソフトウェアが一般向けかつオープンになってきている。これはちょうど先ほど触れた話題であり、民主化を可能にする重要な要素である。通信事業者とケーブルテレビ事業者が一般向けのオープンなハードウェアとソフトウェアによってアジャイルになるのなら、同じ価値を誰にでも提供できるだろう。
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需要が存在する。自動車、工場、倉庫といった業種の企業は、様々な物理的自動化のユースケースでプライベート 5G ネットワークの配備をますます望むようになっている (例えばリモートの係員が車を駐車してくれる車庫、あるいは自動化ロボットを利用する工場現場)。
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スペクトルが利用可能になってきている。アメリカやドイツといった国々では免許不要あるいは免許が緩い形での 5G の利用が許可されつつあり、他の国もすぐにこれに続くと思われる。これは 5G がプライベートで利用できる 100–200 MHz 程度の周波数帯を持つことを意味する。
まとめると、アクセスネットワークは歴史的に通信事業者とケーブルテレビ事業者、そしてプロプライエタリなボックスベンダーの縄張りだったものの、ソフトウェア化と仮想化によってドアが開かれ、誰でもアクセスエッジクラウドを構築してそれをパブリックインターネットに接続できるようになったということである。将来アクセスエッジクラウドの構築は現在における Wi-Fi ルーターの設定と同じくらい簡単になるだろうと著者らは考えている。それが実現すればアクセスエッジが新しい (よりエッジに近い) 環境になるだけではなく、イノベーションの機会がある場所に本能的に近づくタイプの開発者に対してアクセスネットワークが開かれる可能性も生まれるだろう。
さらに広い視点
次章の視点: どこまでも仮想ネットワークを読めば、インターネットのクラウド化についてさらに知ることができる。
アクセスネットワークで起こっている変革についてさらに学びたい場合は、CORD: Central Office Re-architected as a Datacenter, IEEE Comm. Mag., October 2016 と Democratizing the Network Edge, SIGCOMM CCR., April 2019 を勧める。