14.1 アニュイティの価値
今日 \(100\) 万ドルをもらうか、残りの人生で毎年 \(5\) 万ドルをもらうかを選べるとしたら、あなたはどちらを選ぶだろうか? 今すぐに得られる大金は魅力的である一方で、長生きすれば毎年もらう \(5\) 万ドルの和が \(100\) 万ドルよりずっと大きくなる可能性がある。
これはアニュイティの価値を尋ねる問題と言える。アニュイティ (annuity) とは、特定の期間にわたって定期的に一定の金額をやり取りする仕組みを言う。本書では、\(n\) 年にわたって毎年の始めに \(m\) ドルを支払うか受け取るかする状況を \(n\) 年 \(m\) ドルのアニュイティと呼ぶことにする。\(n\) は有限である場合が多いものの、常にそうとは限らない。例えば宝くじの当選金の支払い、年金、住宅ローンはどれもアニュイティである。ウォール街にはアニュイティの取引に特化した資産運用会社さえ存在する1。
考えるべき質問は「アニュイティにどれだけの価値があるか?」である。例えば宝くじの一等に当選すると、当選金を一括で受け取るか、長い期間を通して受け取るかを選べることが多い。直感的には、年に一度の \(5\) 万ドルを \(20\) 回受け取る権利より、一括で \(100\) 万ドルを受け取る権利の方が高い価値を持つように思える: 手元に \(100\) 万ドルがあれば、その資金を投資に回して配当をもらうことができる。しかし、もし選択肢が「年に一度の \(5\) 万ドルを \(20\) 回」と「一括で \(50\) 万ドル」だったらどうだろうか? このように質問を変えると、どちらを選択すべきかは明らかでない。
14.1.1 将来の資金の価値
この質問に答えるには、将来の資金が現在の資金と同じ価値を持たない事実を認識する必要がある。この事実をモデル化するため、任意の量の資金を年利 \(p\) で投資できると仮定しよう。以降の議論では年利が \(8\%\)、つまり \(p = 0.08\) と仮定する2。
\(p\) の影響を実際に計算して確認してみよう。今日 \(10\) ドルを投資すると、\(1\) 年後には \((1 + p) \cdot 10 = 10.8\) ドルとなり、\(2\) 年後には \((1 + p)^{2} \cdot 10 \approx 11.66\) となる。逆に言えば、\(1\) 年後にもらえる \(10\) ドルは現在における \(1/(1+p) \cdot 10 \approx 9.26\) ドルの価値しかない: もし今 \(9.26\) ドルが手元にあれば、それを投資することで \(1\) 年後に \(10\) ドルを手にできる。よって、投資の年利 \(p\) によって将来の資金の価値は変化する。
そのため、\(n\) 年にわたって毎年 \(m\) ドルを受け取るアニュイティにおいて、二回目以降に受け取る \(m\) ドルは現在価値に換算すると \(m\) ドルの価値を持たない。具体的には、二回目に受け取る \(m\) ドルは \(m/(1+p)\) ドルの価値しか持たず、同様に三回目に受け取る \(m\) ドルは \(m/(1+p)^{2}\) ドルの価値しか持たない。一般化すれば、\(n\) 回目に受け取る \(m\) ドルの価値は \(m/(1 + p)^{n-1}\) である。よって、このアニュイティの価値 \(V\) はこの値の総和として次のように計算できる:
最後の置き換えは総和を単純な幾何級数にするためにある。この幾何級数の値を計算するために、これから摂動法 (perturbation method) を説明する。この手法を使うと、等式 \(\text{(14.2)}\) の右辺にある閉形式の式を知らなかったとしても自力で発見できる。
14.1.2 摂動法
総和が分かりやすい構造を持つ場合は、総和を「摂動」させた式 (少しだけ変形した式) と元の式を組み合わせると単純な式への道筋が開かれることがある。例えば、\(S\) を次のように定める:
\(S\) を摂動させた式の例を示す:
\(x\) と \(xS\) は等しくないので、そのままでは役に立たない。しかし \(S\) から \(xS\) を引くと、ほとんどの項が打ち消される:
つまり次の等式が成り立つ:
これを \(S\) について解くと、等式 \(\text{(14.2)}\) の右辺にある閉形式の式が得られる:
摂動法の例は第 16 章で母関数を説明するときにさらにいくつか示す。
14.1.3 アニュイティの価値の閉形式
等式 \(\text{(14.2)}\) を使うと、\(n\) 年にわたって毎年 \(m\) ドルを受け取るアニュイティの価値 \(V\) を単純な式に変形できる:
等式 \(\text{(14.5)}\) を使えば、項数が多い (\(n\) が大きい) 場合でも級数の値を簡単に計算できる。例えば、\(20\) 年間にわたって \(5\) 万ドルを受け取れる権利の本当の価値はどれくらいだろうか? \(m = 50{,}000\), \(n = 20\), \(p = 0.08\) を代入すると \(V \approx \$530,180\) を得る。つまり支払いを遅らせると、\(100\) 万ドルの当選金の価値は約半分になる! これは宝くじ運営企業にとって都合のいいトリックである。
14.1.4 無限幾何級数
本節の冒頭で「今日 \(100\) 万ドル」と「残りの人生で毎年 \(5\) 万ドル」のどちらが望ましいか尋ねた。もちろん、答えは残りの人生の長さに依存する。では楽観的になって、二番目の選択肢では毎年 \(5\) 万ドルが永遠に受け取れるとしてみよう。このとき無限のドルを受け取れる! しかし、価値は無限だろうか? 支払いが永遠に続くときのアニュイティの価値は、幾何級数の値を表す等式 \(\text{(14.2)}\) で \(n\) を無限に大きくすると計算できる。
\(|x| < 1\) なら次の等式が成り立つ:
証明
最後の変形は \(|x| < 1\) のとき \(\displaystyle \lim_{n \to \infty} x^{n+1} = 0\) である事実から従う。 ■
アニュイティの価値 \(V\) を表す式 \(\text{(14.5)}\) では \(x = 1/(1 + p) < 1\) なので、定理 14.1.1 が適用できる。次の等式が得られる:
\(m = 50{,}000\), \(p = 0.08\) を代入すると、\(V\) がわずか \(675{,}000\) に過ぎないことが分かる。今すぐ \(100\) 万ドルを受け取れる権利が毎年 \(5\) 万ドルを永遠に受け取れる権利よりずっと大きな価値を持つとは、驚くべき事実に思える! しかしよく考えてみると、\(100\) 万ドルを持っていて年利が \(8\%\) なら、毎年 \(8\) 万ドルを永遠に引き出すことができる。そのため、この結論はそこまで意外なものではない。
14.1.5 幾何級数の例
等式 \(\text{(14.2)}\) と定理 14.1.1 は情報科学で非常に有用となる。この二つの事実を使って閉形式に書き換えられる幾何級数の例を次にいくつか示す:
級数 \(\text{(14.6)}\) のように幾何級数の項が初項から小さくなっていくとき、その項は幾何的減少 (geometrically decreasing) と言う。反対に、級数 \(\text{(14.9)}\), \(\text{(14.10)}\) のように幾何級数の項が初項から大きくなっていくとき、その項は幾何的増加 (geometrically increasing) と言う。いずれの場合でも、幾何級数の和は最大の項にほぼ等しい。例えば級数 \(\text{(14.6)}\), \(\text{(14.8)}\) の最大の項はいずれも \(1\) であり、和はそれぞれ \(2\), \(2/3\) で \(1\) に比較的近い。また、級数 \(\text{(14.10)}\) の和 \((3^{n} - 1)/2\) は最大の項 \(3^{n-1}\) の \(1.5\) 倍程度でしかない。この関係が成り立つ理由は等式 \(\text{(14.2)}\) と定理 14.1.1 を注意深く見つめると理解できるだろう。
14.1.6 幾何級数の変種
これで幾何級数の計算方法が分かった ── 考えている値が幾何級数になれば、問題は解けたも同然である。しかし実際の問題では、計算したい値を簡単な置換で \(\sum x^{i}\) の形にできないこともある。
級数に関する等式を \(x\) に関して微分または積分すると、新しい総和の公式が得られる。これは自明でないものの有用な方法である。例えば、次の総和を計算したいとする:
これは幾何級数ではない。連続する二項の比が一定でないので、そのままでは幾何級数の公式を適用できない。しかし等式 \(\text{(14.2)}\) の両辺を微分すると、次の等式が成り立つと分かる:
両辺の微分を計算すれば、次の等式を得る:
両辺に \(x\) を乗じれば、考えていた総和の閉形式が求まる:
多少複雑に見えるものの、この式を使えば総和を直接計算するより簡単に値が求まる。また、問題 14.2 で見るように、摂動法を使っても等価な式が求まる:
この級数は \(|x| < 1\) のとき項が無限にあったとしても有限の値に収束することに注目してほしい。等式 \(\text{(14.12)}\) で \(n\) を無限大に向かうときの極限を取ると、次の定理を得る:
\(|x| < 1\) なら、次の等式が成り立つ:
この定理から次の事実が分かる: \(i\) 年目を迎えるごとに \(im\) ドルを永遠に受け取れるアニュイティがあったとしよう。例えば \(m = 50{,}000\) なら、\(1\) 年目は \(5\) 万ドルを受け取り、\(2\) 年目は \(10\) 万ドルを受け取り、\(3\) 年目は \(15\) 万ドルを受け取り、以下同様となる。驚くべきことに、このアニュイティの価値 \(V\) は有限である! 定理 14.1.2 を使って実際に計算すれば次のようになる:
例えば、これまでと同様に \(m = 50{,}000\), \(p = 0.08\) を代入すると \(V = 8{,}437{,}500\) を得る。受け取る金額は毎年増えるものの、その増加は経過年月に関して加算的でしかない。一方で、将来に受け取るドルの価値は経過年数に関して指数的 (幾何的) に減少し、いずれ幾何的減少の影響が加算的増加の影響より大きくなる。遠い未来に受け取るドルには価値がほとんどないために、アニュイティの価値は有限となる。
微分と積分の計算は少し面倒であるものの、級数に関する公式の両辺を微分または積分するテクニックを覚えておいて損はない。