12.2 アメリカ人の性的人口統計

本章の冒頭で言及した、異性の性的パートナー1に関する問題をグラフ理論の言葉で表してみよう。 まず、アメリカ人全体の集合を \(V\) として、\(V\) はアメリカ人男性全体の集合 \(M\) とアメリカ人女性全体の集合 \(F\) に分割できると仮定する2。アメリカ人の性的パートナー関係を表すグラフを \(G\) とする。\(G\) の頂点集合は \(V\) であり、\(G\) の辺は任意の男女の組が性的パートナーであるとき、かつそのときに限って存在する。このグラフの例を図 \(\text{12.2}\) に示す。この図では女性が左に、男性が右に表されている。

性的パートナーを表すグラフ
図 12.2性的パートナーを表すグラフ

実際には、このグラフ \(G\) は描画はおろか構築することも困難である。まず、\(G\) は途方もなく大きい: 人口統計によるとアメリカの人口は約 \(3\) 億人で、その \(50.8\%\) が女性、\(49.2\%\) が男性である。ここから \(\left| V \right| \approx 300{,}000{,}000\), \(\left| M \right| \approx 147{,}600{,}000\), \(\left| F \right| \approx 142{,}400{,}000\) が分かる。さらに、各頂点に接続する辺の個数に関する信頼性の高い情報は存在せず、正確にどの二頂点が隣接するかなど知りようがない。ただ、私たちが注目している値 ── 性的パートナーの平均人数の男女間の関係 ── を考えるのに十分な情報は揃っている。

\(G\) が表すのは男性と女性の関係だけなので、\(G\) の任意の辺は \(M\) に属する頂点と \(F\) に属する頂点を端点に持つ。よって \(M\) に属する頂点の次数の和は辺の個数に等しく、\(F\) に属する頂点の次数の和も辺の個数に等しい。ここから次の等式を得る:

\[ \sum_{x \in M} \text{deg} (x) = \sum_{y \in F} \text{deg} (y) \]

両辺を \(|M| \cdot |F|\) で割ると次を得る:

\[ \left( \frac{\sum_{x \in M} \text{deg}(x)}{|M|} \right) \cdot \frac{1}{|F|} = \left( \frac{\sum_{x \in F}\text{deg} (y)}{|F|} \right) \cdot \frac{1}{|M|} \tag{12.1}\]

左辺および右辺の括弧で囲まれた部分はそれぞれ「\(M\) の要素の平均次数」と「\(F\) の要素の平均次数」に等しい。よって次の等式を得る:

\[ \frac{\text{\(M\) の要素の平均次数}}{\text{\(F\) の要素の平均次数}} = \frac{|F|}{|M|} \]

言い換えれば、男性の性的女性パートナーの平均人数と女性の性的男性パートナーの平均人数の比は人口の男女比から完全に決定される

先述したようにアメリカでは女性が男性より少し多く、\(|F|/|M| \approx 1.035\) が成り立つ。よってアメリカ人男性が生涯に持つ異性の性的パートナーの人数は平均してアメリカ人女性より \(3.5\%\) 多いと分かる。そして、この値はどちらの性別が性に奔放あるいは貞潔かに影響を受けず、男性の人数と女性の人数の比にしか影響を受けない。任意の異性カップルは男性一人と女性一人からなるので、人口全体を考えれば男性と女性は同じ数だけの異性パートナーを持つ。そして男性の方が少ないので、平均的な異性パートナーの人数は男性の方が多い、というだけである。つまりシカゴ大学、ABC News、国立衛生統計センターが報告した値は真の値から大きく離れている: 多大な労力を費やしたにもかかわらず、これらの機関が得た値は大間違いだった。

こういった調査が一貫して間違った値を報告する理由はよく分かっていない。一つの仮説として「男性が性的パートナーの人数を過大申告している (そして女性がおそらく過少申告している)」が考えられるものの、これは推測でしかない。興味深いことに、先述した国立衛生統計センターによる研究の主任著者は「結果が正確でないことは分かっていたものの、それが収集したデータであり、自分の仕事は収集したデータを報告することだった」と述べている。

同様の問題によってデータの非常に誤った解釈が生まれてしまう場合もある。例えば、数年前に Bostonボストン Globeグローブ は Boston 周辺の大学キャンパスにおける学生の行動に関する研究を調査し、その結果として「マイノリティの学生は非マイノリティの学生と一緒に学ぶ確率が (非マイノリティの学生がマイノリティの学生と一緒に学ぶ確率より) 高い」という結論を得た。この「注目すべき現象」を説明する仮説について Boston Globe は非常に長い文章で議論していたものの、この結果に注目すべき点は何もない。本節と同じようにグラフ理論で問題を定式化すれば、この結果は「マイノリティの学生は、非マイノリティの学生より人数が少ない」と言っているに過ぎないと分かる ── そして当然、これは「マイノリティ少数派」の定義そのものである。

12.2.1 握手補題

ここまでの議論は次数の和と辺の個数が持つ関係を示している。任意のグラフで成り立つ単純な関係が存在する:

補題 12.2.1

グラフの頂点の次数の和は辺の個数の二倍に等しい。

補題 12.2.1握手補題 (handshaking lemma) と呼ばれる: パーティでそれぞれの参加者が握手した回数が分かっているなら、その和を \(2\) で割った値がパーティで起こった握手の回数に等しい。


  1. 訳注: 以降の議論は非アメリカ人を性的パートナーに持つアメリカ人の存在を考慮していない。そのため「性的パートナーとはアメリカ人の性的パートナーを意味する」や「非アメリカ人の性的パートナーの平均人数は男女で変わらない」といった仮定をしないと正しくない。 ↩︎

  2. 議論を簡単にするために、男性かつ女性のアメリカ人、あるいは男性でも女性でもないアメリカ人は考えないものとする。 ↩︎

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