17.3 奇妙なサイコロ

前節で紹介した四ステップ法は意外なほど強力である。もう一つ例題を使って練習してみよう。もし可能なら、次のシナリオを考えてほしい。

いつもと変わらない土曜の夜、あなたが行きつけのバーで無限濃度の真の意味について静かに考えを巡らせていると、体格のいいバイク乗りの男が隣の席に腰を下ろした。考えを \(\operatorname{pow}(\operatorname{pow}(\mathbb{R}))\) に移そうとしたとき、男は奇妙な形をした \(3\) 個のサイコロを机の上に放り投げ、\(\$100\) の勝負を持ちかけてきた。ルールはシンプルで、お互いにサイコロを一つずつ選び、それを振って大きい目を出したプレイヤーの勝ちとなる。そして敗者は勝者に \(\$100\) 支払う。

奇妙なサイコロ: 見えない面の目は反対の面の目に等しい。例えばサイコロ A を振ると 2, 6, 7 の目が等しい確率で出る。
図 17.6奇妙なサイコロ: 見えない面の目は反対の面の目に等しい。例えばサイコロ \(A\) を振ると \(2\), \(6\), \(7\) の目が等しい確率で出る。

あなたは当然ながら懐疑的だった。最も気になったのは、サイコロが普通のものではないことだった: \(3\) 個のサイコロはそれぞれ \(6\) 個の面を持ち、向かい合う面は同じ目を持つ。図 \(\text{17.6}\) に示すように、\(3\) 個のサイコロは目が異なる。

あなたのためらいに気付いた男は勝負の条件を甘くした: あなたの目の方が大きかったら男は \(\$105\) を支払うのに対して、男の目の方が大きい場合あなたは \(\$100\) しか支払わなくて構わないという。さらに、あなたは振るサイコロを先に選択でき、男はあなたが選ばなかった \(2\) 個のサイコロのどちらかを選ぶという条件も提示した。自分が必ず最良のサイコロを使えるのだから勝率は高いだろうと考えて、あなたは勝負を受けることに決めた。では、どのサイコロを選ぶべきだろうか? \(9\) の目がある \(B\) は悪くなさそうに思える: もし \(9\) が出れば勝利が確定する。ただ、\(A\) は大きな目が多く、\(C\) は \(8\) の目を持つ上に小さな目を持たない。

最終的に、あなたは \(9\) の目を期待して \(B\) のサイコロを選択し、男は \(A\) のサイコロを選択した。この状況であなたが勝利する確率を求めてみよう (もちろん、この計算は \(B\) を選択する前にするべきである)。驚くことではないだろうが、この確率は四ステップ法で計算できる。

17.3.1 サイコロ \(A\) vs. サイコロ \(B\)

ステップ 1: 標本空間を見つける

このシナリオの樹形図を図 \(\text{17.7}\) に示す。

サイコロ A とサイコロ B で対戦するときの樹形図: サイコロ A は 5/9 の確率で勝利する。
図 17.7サイコロ \(A\) とサイコロ \(B\) で対戦するときの樹形図: サイコロ \(A\) は \(5/9\) の確率で勝利する。

この樹形図が表す試行の結果はサイコロ \(A\) とサイコロ \(B\) の目を並べた組として表現できる。標本空間は次の \(9\) 要素集合 \(\mathcal{S}\) となる:

\[ \mathcal{S} = \left\{ (2, 1),\ (2, 5),\ (2, 9),\ (6, 1),\ (6, 5),\ (6, 9),\ (7, 1),\ (7, 5),\ (7, 9) \right\} \]

注目する事象を定義する

注目すべき事象は [サイコロ \(A\) の目がサイコロ \(B\) の目より大きい] であり、この事象は次の \(5\) 個の結果からなる集合に等しい:

\[ \left\{ (2, 1),\ (6, 1),\ (6, 5),\ (7, 1),\ (7, 5) \right\} \]

これらは図 \(\text{17.7}\) で「勝者」が \(A\) となる結果である。

結果の確率を計算する

結果の確率を計算するには、まず樹形図の辺に確率を割り当てる必要がある。それぞれのサイコロが持つ三種類の目は値に関わらず常に \(1/3\) の確率で出るので、全ての辺の確率は \(1/3\) と分かる。結果の確率を計算するには、樹形図において結果に対応する葉へ至る根からの路に含まれる辺の確率の積を求めればよい。つまり、任意の結果の確率は \(1/9\) である。このように全ての結果が同じ確率を持つ標本空間を一様 (uniform) と呼ぶ。結果の確率は図 \(\text{17.7}\) の右端の列に示されている。

事象の確率を計算する

事象の確率は、その事象に含まれる結果の確率の和に等しい。今考えている試行の標本空間は一様なので、事象の要素数を求めればその確率がすぐに求まる。正確に言えば、一様標本空間 \(\mathcal{S}\) の任意の事象 \(E\) に対して次の等式が成り立つ:

\[ \operatorname{Pr} [E] = \frac{|E|}{|\mathcal{S}|} \tag{17.3}\]

今考えている問題では事象 [サイコロ \(A\) の目がサイコロ \(B\) の目より大きい] が \(E\) であり、\(|E| = 5\) と \(|\mathcal{S}| = 9\) が成り立つ。よって次を得る:

\[ \operatorname{Pr} [E] = \frac{5}{9} \]

これは悪いニュースである: サイコロ \(A\) は \(50\%\) より高い確率でサイコロ \(B\) より高い目を出す。理論が示す通り、あなたは勝負に負けて \(100\) ドルを男に支払った。

あなたの「運が悪さ」を慰めたバイク乗りの男は、ゴツい革の衣服の下には優しい心を持っているらしく、ダブルオアナッシング1を持ちかけた。財布に \(\$25\) しか残っていないあなたにとって、これは素晴らしい提案だった。さらに、今回はサイコロ \(A\) を選べば自分が有利になる。

あなたがサイコロ \(A\) を選ぶと、男はサイコロ \(C\) を選んだ。勝つ確率が高いのはどちらだろうか? (ヒント: バーで出会った見知らぬ人物とギャンブルをしない方がいい。特に奇妙なサイコロを使うギャンブルなど絶対に裏がある。)

17.3.2 サイコロ \(C\) vs. サイコロ \(A\)

この場合も先ほどと同じように樹形図を構築できる。完成する樹形図を図 \(\text{17.8}\) に示す。ここから悪いニュースが分かる: サイコロ \(C\) の目がサイコロ \(A\) の目より大きい確率はここでも \(5/9\) である。

サイコロ C とサイコロ A で対戦するときの樹形図: サイコロ C は 5/9 の確率で勝利する。
図 17.8サイコロ \(C\) とサイコロ \(A\) で対戦するときの樹形図: サイコロ \(C\) は \(5/9\) の確率で勝利する。

あなたは確率通りまたしても賭けに負けた。バイク乗りの男が \(\$200\) を要求すると、あなたは「ちょっとトイレに...」と答えた。

17.3.3 サイコロ \(B\) vs. サイコロ \(C\)

思いやりに溢れた男は何かを理解したようにうなずき、さらに勝負を持ちかけた。次の勝負では、あなたがサイコロ \(C\) を選択でき、さらに負けを全て取り返せるように賭け金を \(\$200\) にして構わないと男は言う。

これは見過ごすのは惜しいほどに有利な勝負である。ここまでの結果から、サイコロ \(C\) はサイコロ \(A\) に勝つ可能性が高く、サイコロ \(A\) はサイコロ \(B\) に勝つ可能性が高いと分かっている。よって当然ながら、サイコロ \(C\) が最良である。男が選ぶサイコロが \(A\) であれ \(B\) であれ、確率は自分に味方する。このバイク乗りは本当に慈愛の心に満ちた男に違いない!

そう思ったあなたはサイコロ \(C\) を選び、男はサイコロ \(B\) を選んだ。待った ── 賭けをする前に確率を確認するべきだっただろうか? 急いで樹形図を書くと、ここでもサイコロ \(B\) が \(5/9\) の確率で勝利すると判明した。そんなはずはない! 次の三つの命題が全て成り立つなどあり得るだろうか?

問題は数学ではなくあなたの直感にある。\(A\) が \(B\) に勝つ可能性が高く、\(B\) が \(C\) に勝つ可能性が高いとき、\(A\) は \(C\) に勝つ可能性が高いように思える。しかし、この推論の裏にある「勝つ可能性が高い」関係が推移性を持つという仮定がそもそも正しくない。そのため、あなたが選ぶサイコロがどれだったとしても、男はそれに対して勝率の高いサイコロを選択できる。男が提示した「サイコロを先に選べる」という条件は実際には不利な条件であり、あなたは男に \(\$400\) も負けることになった!

最悪の展開になってしまったと肩を落としたそのとき、男は \(\$1000\) を賭けた最後の勝負を持ちかけた。ただし、今回はサイコロを \(2\) 回振って出た目の合計が大きい方の勝ちとなり、振るサイコロは男が最初に選ぶという条件だった。男はサイコロ \(B\) を選んでみせた。サイコロを \(1\) 回振る勝負では \(A\) が \(B\) に \(5/9\) の確率で勝利することを思い出したあなたは勝負に飛び付き、サイコロ \(A\) を選択した。サイコロを \(1\) 回振るとき \(A\) の目が \(B\) の目より大きい可能性が高いなら、\(2\) 回振ったときも \(A\) の目の合計が \(B\) の目の合計より大きい可能性が高いはずだ。そうに違いない!

間違いだ! (バーで出会った見知らぬ人物とギャンブルをしない方がいいと先ほど言わなかっただろうか?)

17.3.4 サイコロを \(2\) 回振る場合

\(2\) 人のプレイヤーが \(2\) 回ずつサイコロを振る試行の樹形図は \(4\) 個の列と \(3^{4} = 81\) 個の葉を持つ。そのため、完全な樹形図を書くには少し時間がかかる。ただ、図 \(\text{17.9}\) \(\text{(a)}\) のように一人目の結果を書くと、この木の任意の葉に続くのが図 \(\text{17.9}\) \(\text{(b)}\) に示す全く同じ木だと分かる。

サイコロ A とサイコロ B を二回ずつ振って対戦するときの樹形図: 最初の 2 列は \text{(a)} であり、最後の 2 列には \text{(b)} が 9 個並ぶ。
図 17.9サイコロ \(A\) とサイコロ \(B\) を二回ずつ振って対戦するときの樹形図: 最初の \(2\) 列は \(\text{(a)}\) であり、最後の \(2\) 列には \(\text{(b)}\) が \(9\) 個並ぶ。

全ての結果は \((1/3)^{4} = 1/81\) の確率を持つ。つまり、ここでも標本空間は一様である。よって等式 \(\text{(17.3)}\) より、\(A\) が勝つ確率は \(A\) の目の和が \(B\) の目の和より大きい結果の個数を \(81\) で割った値に等しい。

\(A\) の目の和が \(B\) の目の和より大きい結果の個数は次のように計算できる。\(A\) を二回振る試行で二つの目の和を結果とするとき、対応する標本空間 \(\mathcal{S}_{A}\) は等しい確率を持つ次の \(9\) 個の結果からなる:

\[ 4,\, 8,\, 8,\, 9,\, 9,\, 12,\, 13,\, 13,\, 14 \]

同様に、\(B\) を二回振る試行で二つ目の和を結果とするとき、対応する標本空間 \(\mathcal{S}_{B}\) は等しい確率を持つ次の \(9\) 個の結果からなる:

\[ 2,\, 6,\, 6,\, 10,\, 10,\, 10,\, 14,\, 14,\, 18 \]

両方のサイコロを \(2\) 回ずつ振った結果は組 \((x, y) \in \mathcal{S}_{A} \times \mathcal{S}_{B}\) で表現できる。ここで \(x\) は \(A\) の目の和を、\(y\) は \(B\) の目の和を表し、\(x > y\) が \(A\) の勝利と同値である。もし \(x\) が \(4\) なら、\(x > y\) が成り立つ \(y\) の値は \(2\) だけであり、\(A\) が勝つ結果は \(1\) 個しかない。もし \(x\) が \(8\) なら、\(x > y\) が成り立つ \(y\) の値は \(2\) または \(6\) であり、\(A\) が勝つ結果は \(3\) 個ある (\(y\) が \(6\) になる目の出方は \(2\) 通りある)。同様に \(x > y\) が満たされる結果 \((x, y)\) の個数を計算すると

\[ 1 + 3 + 3 + 3 + 3 + 6 + 6 + 6 + 6 = 37 \]

が分かる。同じ方法で \(y > x\) が成り立つ結果は \(42\) 個あると分かる。また、\(x = y\) となる結果は \(2\) 個ある (\(x = y = 14\) が成り立つ)。\(42/81 > 1/2\) なので、これは \(A\) が \(B\) に負ける可能性が高いことを意味する。引き分けの確率は \(2/81\) であり、\(A\) が勝つ確率は \(37/81\) しかない。

サイコロを \(1\) 回振るときは \(A\) の方が \(B\) より有利なのに、サイコロを \(2\) 回振るときは \(B\) の方が \(A\) より有利になる。こんなことがあり得るのだろうか? これまで数学的な議論をしてきたのだから、当然これは正しい。正しくないと信じる唯一の理由は未熟で信頼に値しない私たちの直感である。(この事実を初めて知ったときは著者らも驚いた。ただ、著者らはバイク乗りの男に \(\$1400\) も負けることはなかった。) 実は、上記の \(3\) 個のサイコロでは振る回数を \(1\) 回から \(2\) 回に変更すると強さの関係が逆転する。つまり、サイコロを \(1\) 回振るときは

\[ A \succ B \succ C \succ A \]

が成り立つのに対して、サイコロを \(2\) 回振るときは逆の関係が成り立つ:

\[ A \prec B \prec C \prec A \]

ここで \(\succ\) と \(\prec\) は目の和が大きくなる確率が高いサイコロがどちらかを示す。

この奇妙な事実は驚くべき一般化2を持つ: 任意の正整数 \(n\) に対して、サイコロを振る回数を変えることで任意の勝敗関係を実現できる \(n\) 個のサイコロの集合が存在する!


  1. ダブルオアナッシング (double or nothing) とは、ギャンブルに負けたとき、その負け分を全て取り返せる金額を賭けて行う勝負を意味する。この勝負でさらに敗北すると負けが二倍doubleになるのに対して、もし勝利できれば収支はトントンnothingになる。ただ、この勝負では男が負けると \(\$210\) をあなたに支払うので、ダブルオアナッシングに勝つと \(\$10\) の得となる。 ↩︎

  2. Buhler, Joe, Ron Graham, and Al Hales. 2018. Maximally Nontransitive Dice. The American Mathematical Monthly 125 (5): 387–99. doi:10.1080/00029890.2018.1427392↩︎

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