§4 無理数 (その 2)

有理数の幾何学的な表現を使ったここまでの議論から、新しい種類の数を追加して「数」の概念を拡張するのが望ましいことが分かった。

幾何学の言葉を使わずとも同じ結論を得ることはできる。代数における中心的な問題の一つは方程式の求解であり、例えば \[ x^{2} = 1,\quad x^{2} = 2 \] などの方程式を扱う。最初の方程式は二つの有理根 \(1\) と \(-1\) を持つが、私たちの数の概念が有理数に制限されるとすれば、二つ目の方程式には根が存在しないとしか言えなくなる。\(x^{3}=2,\ x^{4} = 7\) といった方程式も同様に解を持たなくなる。こういった方程式が解を持つことに証明が必要だと考えるなら、それだけで数の概念の拡張が望ましいと分かる。

方程式 \(x^{2} = 2\) についてさらに考える。

この方程式を満たす有理数 \(x\) は存在しないことは前に示した。任意の有理数の二乗は \(2\) より大きいか小さいかなので、有理数を二つのクラス1に分割できる: 一方のクラスには二乗が \(2\) より小さい数が含まれ、もう一方のクラスには二乗が \(2\) よりも大きい数が含まれる。ここからは正の有理数のみを考え、この二つのクラスをそれぞれ クラス \(L\) (class \(L\))、下クラス (lower class)、左手クラス (left-hand class) および クラス \(R\) (class \(R\))、上クラス (upper class)、右手クラス (right-hand class) と呼ぶ。明らかに、\(R\) に属する任意の数は \(L\) に属する全ての数より大きい。またクラス \(L\) に属する数であって二乗が \(2\) より小さいものの \(2\) に好きなだけ近いものを見つけられること、そしてクラス \(R\) に属する数であって二乗が \(2\) より大きいものの \(2\) に好きなだけ近いものを見つけられることは容易に納得できる。実際、\(2\) を開平する通常の算術処理を行えば、二乗が \(2\) に限りなく近づいていく有理数の列を得られる。つまり \[ 1,\quad 1.4,\quad 1.41,\quad 1.414,\quad 1.4142,\quad \ldots \] の二乗 \[ 1,\quad 1.96, \quad 1.9881, \quad 1.999396,\quad 1.99996164,\quad \ldots \] は全て \(2\) より小さいが、限りなく \(2\) に接近する。桁数を十分多く取れば、望むだけ正確な近似を得られる。そしてこの近似の最後の桁をそれぞれ \(1\) 増やせば、有理数の数列 \[ 2,\quad 1.5,\quad 1.42,\quad 1.415,\quad 1.4143,\quad \ldots \] が得られる。この二乗 \[ 4,\quad 2.25,\quad 2.0164,\quad 2.002225,\quad 2.00024449,\quad \ldots \] は全て \(2\) より大きく、\(2\) に好きなだけ接近する。

以上の議論は読者を納得させると思うが、現代の数学に必要とされる正確さには程遠い。きちんとした証明をここに示す。まず「\(L\) の要素と \(R\) の要素の組であって差が好きなだけ小さいものを見つけられる」を示す。§3 で示したように、任意の有理数 \(a\) と \(b\) が与えられたとき、\(a\) から始まって \(b\) で終わる有理数の列であってどの連続する二つの項の差も好きなだけ小さいものを作れる。\(L\) から \(x\) を、\(R\) から \(y\) を適当に取り、その間を \(x\) で始まって \(y\) で終わる有理数の列であってどの連続する二項の差も \(\delta\) 未満であるものでつなぐ。\(\delta\) は任意の正の有理数であり、\(.01,\ .0001,\ .000001\) のようにどれだけ小さくても構わない。この列には \(L\) に属する最後の項と \(R\) に属する最初の項があり、その二つの差は \(\delta\) より小さい。

この事実があれば「\(2 - x^{2}\) と \(2 - y^{2}\) が好きなだけ小さく (\(\delta\) 未満に) なるように、\(L\) に属する \(x\) と \(R\) に属する \(y\) を見つけられる」が示せる。前の段落の議論で \(\delta\) を \(\frac{1}{4}\delta\) に置き換えると、\(y - x \lt \frac{1}{4}\delta\) となる \(x\) と \(y\) を選べると分かる。\(x\) と \(y\) が \(2\) より小さいのは明らかなので \[ y + x \lt 4,\quad y^{2} - x^{2} = (y - x)(y + x) \lt 4(y - x) \lt \delta \] となる。さらに \(x^{2} \lt 2\) かつ \(y^{2} \gt 2\) なので、\(2 - x^{2}\) と \(y^{2} - 2\) はどちらも \(\delta\) より小さい。

ここから「\(L\) の最大要素と \(R\) の最小要素は存在しない」ことも分かる: \(L\) の任意の要素 \(x\) に対して \(x^{2} \lt 2\) が成り立つので、\(x^{2} = 2 - \delta\) とすれば \(L\) の要素 \(x_{1}\) であって \(x_{1}^{2}\) と \(2\) の差が \(\delta\) 未満であるものを取れる。このとき \(x_{1}^{2} \gt x^{2}\) すなわち \(x_{1} \gt x\) である。よって \(L\) には \(x\) より大きい要素がある。\(x\) は \(L\) の任意の要素だったから、\(L\) には他の全ての要素よりも大きい要素が存在しないことが言える。よって \(L\) は最大要素を持たず、同様に \(R\) は最小要素を持たない。


  1. 訳注: 「クラス (class)」は何かの集まりを意味する。[return]

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