§56 \(n\) が無限大に向かうときの \(n\) の関数の挙動 (その 1)

続いてこれまでの内容を使って、高等数学に絶え間なく登場するあの種の命題が持つ意味の議論に進む。例として (a)「\(n\) が大きいとき \(1/n\) は小さい」と (b)「\(n\) が大きいとき \(1 - (1/n)\) は \(1\) にほぼ等しい」という二つの命題を考える。一見すると自明に思えるこれらの命題にも、注意を必要とする点がたくさんある。まずは少し単純な (a) から見ていく。

以前に「\(n\) が大きいとき \(1/n\) は \(.01\) より小さい」という命題を考えた。これは \(n\) がとある値 (具体的には \(100\)) より大きいときに \(1/n \lt .01\) が成り立つことを意味する。同様に「\(n\) が大きいとき \(1/n\) は \(.0001\) より小さい」も成り立つ: \(n \gt 10000\) なら \(1/n \lt .0001\) となる。この命題は \(.01\) や \(.0001\) を \(.000001\) あるいは \(.00000001\) としても、あるいは好きな正の値としてもなお成り立つ。

「\(n\) が大きいとき \(1/n\) は \(.001\) より小さい」という形をした全ての命題、つまり \(.001\) の部分を \(.0001\) や \(.000001\) をはじめとしたもっと小さな任意の数と取り換えた全ての命題が成り立つことを表す表現があった方が望ましい。これを表すのが「\(\varepsilon\) がどれだけ小さかろうと、\(n\) が十分大きければ \(1/n \lt \varepsilon\) が成り立つ」という言い回しである。そしてこの命題は明らかに正しい。\(n \gt 1/\varepsilon\) なら \(1/n \lt \varepsilon\) なので、“十分に大きい” \(n\) の値とは \(1/\varepsilon\) より大きい全ての値である。この表現は実際には込み入った事実を意味しており、\(\varepsilon\) に \(.01\) といった具体的な値を与えて得られる全ての文の集まりを意味している。もちろん \(\varepsilon\) が小さければそれだけ \(1/\varepsilon\) も大きくなり、“十分に大きい” \(n\) の最小値も大きくなる: \(\varepsilon\) がある値のときに十分に大きい \(n\) も、\(\varepsilon\) がそれより小さくなればそうでなくなる。

前段落の二つ目の鍵括弧にある命題こそが (a) 「\(n\) が大きいとき \(1/n\) は小さい」の本当の意味である。同様に (b) が実際に意味するのは「\(\phi(n) = 1 - (1/n)\) なら、“十分大きい \(n\) に対して \(1 - \phi(n) \lt \varepsilon\)” という命題が \(\varepsilon\) にどんな値 (例えば \(.01\) や \(.0001\)) を与えたとしても成り立つ」である。命題 (b) が成り立つのは \(1 - \phi(n) = 1/n\) から分かる。

(a) と (b) が表す事実を表現するのに使われる方法がもう一つあり、これは §55 の考え方を使っている。具体的には「\(n\) が大きいとき \(1/n\) は小さい」と言う代わりに「\(n\) が \(\infty\) に向かうとき \(1/n\) は \(0\) に向かう」と表現する。同様に「\(n\) が \(\infty\) に向かうとき \(1 - (1/n)\) は \(1\) に向かう」と言う。この二つの命題はそれぞれ (a) および (b) と正確に同値である。つまり

はどちらも同じことを表しており、次の正確な表現と同値である:

これをさらに正確に言えば次のようになる:

最後の命題における \(n_{0}\) は当然 \(\varepsilon\) の関数である。この事実を強調するために \(n_{0}\) ではなく \(n_{0}(\varepsilon)\) と書く場合もある。

この命題が正しいかを疑っている相手と対面したところを想像してほしい。相手はだんだん小さくなる値をいくつも示してくる。最初は \(.001\) かもしれない。このとき読者は「\(n \gt 1000\) なら \(1/n \lt .0001\) ですよ」と答えられる。相手はこれを認めるが、さらに小さい値をまた示してくる。次は \(.0000001\) かもしれない。読者は今度は「\(n \gt 10000000\) なら \(1/n \lt .0000001\)ですよ」と答えられる。以降も同様だから、この単純な場合には読者が必ず議論で優位に立てる。

関数 \(1/n\) が持つこの性質を表現する方法をさらにもう一つ導入する。「\(n\) が \(\infty\) に向かうときの \(1/n\) の極限 (limit) は \(0\) である」と言うことにする。そしてこれを \[ \lim_{n\to\infty} \frac{1}{n} = 0 \] あるいは単に \(\lim(1/n) = 0\) と表記する。「\(n \to \infty\) のとき \(1/n \to 0\)」と書くこともある。これは「\(n\) が \(\infty\) に向かうとき \(1/n\) は \(0\) に向かう (\(1/n \to 0\) である)」を意味する。同様に \[ \lim_{n\to\infty} \left(1 - \frac{1}{n}\right) = 1,\quad \lim \left(1 - \frac{1}{n}\right) = 1 \] あるいは \(1 - (1/n) \to 1\) と表記する。



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