§7 無理数 (その 5)

前節の最後で示した最初の二つのケースでは、切断が正の有理数 \(a\) に対応する。最初のケースでは \(a = l\) で、もう一つでは \(a = r\) となる。逆に正の有理数 \(a\) がある切断に対応するのも明らかなので、その切断を \(\alpha\) と表記する1。例えば \(P\) と \(Q\) がそれぞれ \[ x \leq a,\quad x \gt a \] という不等式、あるいは \(x \lt a\) と \(x \geq a\) という不等式で表されるケースがこれにあたる。最初のケースでは \(a\) が \(L\) の最大要素となり、二つ目のケースでは \(a\) が \(R\) の最小要素となる。実は正の有理数に対応する切断はこの二つしかない。そこで曖昧さをなくすために、一つを選んでおく: 私たちは考えている数字がクラスに属するケースを選ぶ。言い換えると、以降は \(L\) が最大要素を持たない切断だけを考えることにする。

正の有理数とそれを使って定義される切断の間にこういった対応関係が存在するので、数学的な議論においては、正の有理数と切断を取り換えて、式に出てくる記号が有理数でなくて切断を表しているとみなしても何ら不都合は生じない。例えば \(a, a'\) に対応する切断が \(\alpha, \alpha'\) なら、「\(\alpha \gt \alpha'\)」と「\(a \gt a'\)」が同じ意味を持っているとしても構わない。

しかしこうして正の有理数とそれに対応する切断を取り換えるとすると、私たちが考えてきた数体系の拡張がほぼ強制される。切断には (§4 で見たように) 有理数に対応しない切断も存在するのである。切断を全て集めると、そこには有理数に対応する切断以外のものが含まれ、有理数を集めたものより大きくなる。この事実は、私たちが数の概念を拡張するときの基礎となる。ただし次の節で変更するので、一時的な仮のものに過ぎない:

正の有理数の切断であって両方のクラスが要素を持ち下のクラスが最大要素を持たないものを、正の実数 (real number) と呼ぶ。

正の有理数に対応しない正の実数を、正の無理数 (irrational number) と呼ぶ。


  1. 有理数がアルファベットを使って表されるなら、それに対応する切断はギリシャ文字を使って表すのが分かりやすいだろう。[return]

広告