§61 極限の定義に関して

読者は次の点に注意すべきである。

  1. 明らかに、\(\phi(n)\) の値を有限個の \(n\) で変化させても \(n\) が無限大に向かうときの \(\phi(n)\) の挙動は変化しない。例えば \(1/n\) は \(n\) が \(\infty\) に向かうとき \(0\) に向かうが、\(1/n\) の値を有限個だけ適当に変化させれば新しい関数を無数に作れる。例として \(n = 1,\ 2,\ 7,\ 11,\ 101,\ 107,\ 109,\ 237\) で \(3\) となり、他の \(n\) では \(1/n\) となる関数 \(\phi(n)\) を考えると、この関数は最初の \(1/n\) と同様 \(\lim\phi(n) = 0\) を満たす。あるいは \(n = 1,\ 2,\ 7,\ 11,\ 101,\ 107,\ 109,\ 237\) で \(3\) となり、それ以外の \(n\) で \(n^{2}\) となる関数を \(\phi(n)\) とすれば、\(\phi(n) \to +\infty\) が成り立つ。

  2. 一方で無限個の \(\phi(n)\) の値を変化させると、一般には \(n\) が \(\infty\) に向かうときの挙動が変化する。例えば関数 \(1/n\) について、\(n\) が \(100\) の倍数のときの値を全て \(1\) に変更すると \(\lim\phi(n) = 0\) は成り立たなくなる。値が変わるのが有限個である限り、\(\phi(n)\) が変更された全ての \(n\) に対応する \(n_{0}\) より大きい \(n_{0}\) を必ず選べる。例えば上述の例では常に \(n_{0} \gt 237\) を取れる。実際には §56 で考えた仮想的な相手が \(3\) より小さな \(\varepsilon\) (前者の例) あるいは \(3\) より大きい \(\Delta\) (後者の例) を示してきた場合にはこの条件が自動的に満たされる。しかし無限個の値を変化させると、\(n_{0}\) としてどれだけ大きな値を取っても、それよりも大きい \(n\) で \(\phi(n)\) が元の関数と異なるものが存在してしまう。

  3. 極限の定義において、\(|\phi(n) - l| \lt \varepsilon\) が \(n = n_{0}\) だけではなく \(n \geq n_{0}\) のときも成り立たなければならないという条件はもちろん欠かすことができない。つまり \(n_{0}\) とそれよりも大きい全ての \(n\) で不等式が成り立つ必要がある。例えば最後の例の \(\phi(n)\) では、与えられた \(\varepsilon\) に対して \(n = n_{0}\) のとき \(|\phi(n)| \lt \varepsilon\) となるよう \(n_{0}\) を選ぶことはできる: 十分に大きくて \(100\) の倍数でない \(n\) を選べばよい。しかしそう選んだ \(n_{0}\) も、全ての \(n \geq n_{0}\) で \(|\phi(n)| \lt \varepsilon\) とはならない: \(n_{0}\) より大きい任意の \(100\) の倍数はこの不等式を満たさない。

  4. \(\phi(n)\) が常に \(l\) より大きいなら、\(|\phi(n) - l|\) を \(\phi(n) - l\) とできる。例えば \(n\) が無限大に向かうときに \(1/n\) が \(0\) に向かうことを示すには、\(n \geq n_{0}\) のとき \(1/n \lt \varepsilon\) が示せればよい。一方で \(\phi(n) = (-1)^{n}/n\) の場合には、\(l\) は \(0\) で変わらないものの、\(\phi(n) - l\) が正にも負にもなる。このような場合には条件を \(|\phi(n) - l| \lt \varepsilon\) としなければならない。今の例では \(|\phi(n)| \lt \varepsilon\) とする。

  5. 極限 \(l\) が \(\phi(n)\) が取る値と同じになることもある。例えば全ての \(n\) に対して \(\phi(n) = 0\) なら、明らかに \(\lim\phi(n) = 0\) となる。あるいは上の (2) と (3) のように関数 \(1/n\) の値を置き換え、そのとき \(n\) が \(100\) の倍数のとき (\(1\) ではなく) \(0\) とする。そうすると \(\phi(n)\) は \(n\) が \(100\) の倍数のとき \(0\) でそれ以外のとき \(1/n\) となる。こうしたとしても \(n\) が無限大に向かうときの \(\phi(n)\) の極限は \(0\) で変わらず、この関数は極限と同じ値を無限個の \(n\) で取る: 具体的には \(100\) の倍数で \(\phi(n) = 0\) となる。

    一方で一般には \(\bm{n}\) の関数がある \(\bm{n}\) で極限と同じ値を取るとは限らない。これは \(\phi(n) = 1/n\) の場合を考えれば十分である。極限は \(0\) だが、どんな \(n\) を与えてもこの関数が \(0\) になることはない。

    次の事実はどれだけ強く意識しても意識しすぎることはない: 極限は関数の値ではない。極限は関数の値とは全く異なる値であり、その定義に関数の値が使われていて、関数の値と等しくなることもあるというだけに過ぎない。例えば \[ \phi(n) = 0,\ 1 \] という関数では、全ての \(\phi(n)\) が極限と等しい。また \[ \phi(n) = \frac{1}{n},\quad \frac{(-1)^{n}}{n},\quad 1 + \frac{1}{n},\quad 1 + \frac{(-1)^{n}}{n} \] では、極限は \(\phi(n)\) のどれとも等しくない。さらに \[ \phi(n) = (\sin\tfrac{1}{2}n\pi)/n,\quad 1 + \{(\sin\tfrac{1}{2}n\pi)/n\} \] (\(\sin\frac{1}{2}n\pi\) が常に \(1\) 以下なので、\(n\) が \(\infty\) に向かうときのこの関数の極限は \(0\) および \(1\) だと分かる) では、極限は偶数の \(n\) に対応する値と等しいものの、奇数の \(n\) に対応する値とは等しくない。

  6. 関数の値の絶対値が \(n\) が大きいときに常にとても大きいにもかかわらず、それが \(+ \infty\) や \(-\infty\) に向かわないことがあり得る。例としては \(\phi(n) = (-1)^{n} n\) がある。関数が \(+\infty\) や \(-\infty\) に向かうのは、ある \(n\) より後ろで符号が一定であるときに限られる。

例 23

次の関数について、\(n\) が \(\infty\) に向かうときの挙動を考えよ:

  1. \(\phi(n) = n^{k}\): ここで \(k\) は正または負の整数または有理数とする。\(k\) が正なら \(n^{k}\) は \(n\) と共に \(+\infty\) に向かう。\(k\) が負なら \(\lim n^{k} = 0\) となる。\(k = 0\) なら全ての \(n\) に対して \(n^{k} = 1\) なので \(\lim n^{k} = 1\) が成り立つ。

    こういった単純なケースであっても、極限の定義の条件が満たされることのきちんとした証明を実際に書いてみた方がよい。\(k \gt 0\) の場合をここに示す。\(\Delta\) を任意に与えられた実数とする。\(\Delta\) はどれだけ大きくても構わない。\(n \geq n_{0}\) のとき \(n^{k} \gt \Delta\) が成り立つように \(n_{0}\) を選ぶのだが、ここでは \(\sqrt[k]{\Delta}\) より大きい任意の数を \(n_{0}\) に選べばよい。例えば \(k = 4\) なら、\(n \geq 11\) のとき \(n^{4} \gt 10000\) で \(n \geq 101\) のとき \(\ n^{4}\gt 100000000\) などとなる。

  2. \(\phi(n) = p_{n}\): ここで \(p_{n}\) は \(n\) 番目と素数を表す。もし素数が有限個しかなければ、\(\phi(n)\) は有限個の \(n\) に対してだけ定義される。しかしユークリッドによって最初に示されたように、素数は無限に存在する。ユークリッドによる証明をここに示す。素数が有限個しかなかったとして、素数を \(1,\ 2,\ 3,\ 5,\ 7,\ 11,\ \ldots,\ N\) とする。このとき \(1 + (1 · 2 · 3 · 5 · 7 · 11 \cdots N)\) を考える。この数は \(2,\ 3,\ 5,\ \ldots,\ N\) のどれで割っても余りが \(1\) なので、\(1\) 以外のどんな素数でも割り切れない。よってこの数は素数であり、仮定と矛盾する。

    さらに \(1,\ 2,\ 3\) を除いた全ての \(n\) に対して \(\phi(n) \gt n\) が分かるので、\(\phi(n) \to +\infty\) となる。

  3. \(\phi(n)\) を \(n\) 未満の素数の数とすると、このときも \(\phi(n) \to +\infty\) となる。

  4. 正の実数 \(\alpha\) に対して \(\phi(n) = [\alpha n]\) とする。例えば \[ \begin{aligned} \phi(n) & = 0\quad (0 \leq n \lt 1 / \alpha), \\ \phi(n) & = 1\quad (1/\alpha \leq n \lt 2/\alpha) \end{aligned} \] となる。このとき \(\phi(n) \to +\infty\) が成り立つ。

  5. \(\phi(n) = 1000000/n\) なら \(\lim \phi(n) = 0\) で、\(\psi(n) = n/1000000\) なら \(\psi(n) \to +\infty\) である。\(n\) が小さいとき \(\phi(n)\) が \(\psi(n)\) よりずっと大きい事実はこの結論に全く影響しない (具体的には \(n = 1000000\) まで \(\phi(n)\) の方が大きい)。

  6. \(\phi(n) = 1/\{n - (-1)^{n}\},\ n - (-1)^{n},\ n\{1 - (-1)^{n}\}\): 最初の関数は \(0\) に向かい、二番目の関数は \(+\infty\) に向かう。三番目の関数は極限あるいは \( ±\infty\) に向かわない。

  7. \(\theta\) を任意の実数としたときの \(\phi(n) = (\sin n\theta\pi)/n\): \(|\sin n\theta\pi| \leq 1\) より \(|\phi(n)| \lt 1/n\) であり、\(\lim\phi(n) = 0\) が成り立つ。

  8. \(\phi(n) = (\sin n\theta\pi)/\sqrt{n},\ (a\cos^{2} n\theta + b\sin^{2}n\theta)/n\): ここで \(a,\ b\) は任意の実数とする。

  9. \(\phi(n) = \sin n\theta\pi\): この関数では \(\theta\) が整数なら任意の \(n\) について \(\phi(n) = 0\) となり、\(\lim\phi(n) = 0\) が成り立つ。

    次に \(\theta\) が有理数の場合を考える。正の整数 \(p\) と \(q\) を使って \(\theta = p/q\) と表せるとする。\(n\) を \(q\) で割ったときの商と余りを \(a,\ b\) とすれば \(n = aq + b\) であり、\(\sin(np\pi/q) = (-1)^{ap}\sin(bp\pi/q)\) が成り立つ。さらに \(p\) が偶数なら、\(n\) が \(0\) から \(q - 1\) へ増加するとき \(\phi(n)\) は \[ 0,\quad \sin(p\pi/q),\quad \sin(2p\pi/q),\ \ldots\quad \sin\{(q - 1)p\pi/q\} \] と変化する。\(n\) が \(q\) から \(2q - 1\) のときも同じ値となり、\(2q\) から \(3q - 1\) および \(3q\) から \(4q - 1\) といったときも同じ値となる。つまり \(\phi(n)\) は同じ値の列を周期的に繰り返す。したがってこの場合には、\(n\) が無限大に向かうときに \(\phi(n)\) が極限あるいは \(+\infty\) に向かうことはない。

    \(\theta\) が無理数の場合はもう少し込み入った議論が必要になる。次の例で扱う。

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