§115 微分の記法

導関数 (derivative) が微分係数 (differential coefficient) という別名を持つと前に説明したが、違う名前だけでなく違う記号も存在する。関数 \(y = \phi(x)\) の導関数を指して \[ D_{x}y,\quad \frac{dy}{dx} \] と表記する場合もある。最後の記号が理解しやすいということで一番よく使われる。ここで \(dy/dx\) の意味が「実数 \(dy\) を実数 \(dx\) で割った数」でない点に注意する必要がある。\(dy/dx\) は「\(D_{x}\) あるいは \(d/dx\) で表される操作を \(y = f(x)\) に適用した結果」を意味する。つまり \(D_{x}\) と \(d/dx\) は \(h \to 0\) における \(\{\phi(x + h) - \phi(x)\}/h\) の極限を取る操作を表す。

但し書きが必要なほど分かりにくい \(d/dy\) という記号が使われているのには理由がある。\(\{\phi(x + h) - \phi(x)\}/h\) の分母 \(h\) は独立変数 \(x\) の値 \(x + h\) と \(x\) の差異であり、分子は従属変数 \(y\) の値 \(\phi(x + h)\) と \(\phi(x)\) の差異である。これらの差異はそれぞれ \(x\) と \(y\) の増分 (increments) と呼ばれ、\(\delta x\) および \(\delta y\) と表記される。すると \(x\) と \(y\) の増分の比は \(\delta y/\delta x\) であり、その極限を \(dy/dx\) と表記すると様々な用途で便利なことが分かっている。もちろんこの極限は \(\phi'(x)\) と等しいが、今の段階では、\(dx/dy\) を一つの記号とみなさなければならない。つまり \(dy\) と \(dx\) を切り離して考えることはできず、\(dx\) あるいは \(dy\) と書いたところで意味を持たない。特に \(dy\) と \(dx\) は \(\lim \delta y\) や \(\lim \delta x\) を意味しない: この極限は常に \(0\) に等しい。いずれはこの記法に慣れる必要があるが、それまでは微分係数の表記に \(D_{x}y\) あるいはこれまでと同様に \(\phi'(x)\) を使った方がよいかもしれない。

一方で第七章では、\(dy/dx\) が実際に \(dx\) と \(dy\) の比となるように \(dx\) と \(dy\) という記号を別々に定義できることを示す。

もちろん §113 の定理はこの記法を使って次のように表せる:

  1. \(y = y_{1} + y_{2}\) なら \[ \frac{dy}{dx} = \frac{dy_{1}}{dx} + \frac{dy_{2}}{dx} \]

  2. \(y = ky_{1}\) なら \[ \frac{dy}{dx} = k\frac{dy_{1}}{dx} \]

  3. \(y = y_{1}y_{2}\) なら \[ \frac{dy}{dx} = y_{1}\frac{dy_{2}}{dx} + y_{2}\frac{dy_{1}}{dx} \]

  4. \(y = \dfrac{1}{y_{1}}\) なら \[ \frac{dy}{dx} = -\frac{1}{y_{1}^{2}}\, \frac{dy_{1}}{dx} \]

  5. \(y = \dfrac{y_{1}}{y_{2}}\) なら \[ \frac{dy}{dx} = \biggl(y_{2}\frac{dy_{1}}{dx} - y_{1}\frac{dy_{2}}{dx}\biggr) \bigg/ y_{2}^{2} \]

  6. \(y\) が \(x\) の関数で \(y\) が \(z\) の関数なら \[ \frac{dz}{dx} = \frac{dz}{dy}\, \frac{dy}{dx} \]

  7. \(\dfrac{dy}{dx} = 1 \bigg/ \biggl(\dfrac{dx}{dy}\biggr)\)

例 40
  1. \(y = y_{1}y_{2}y_{3}\) なら \[ \frac{dy}{dx} = y_{2}y_{3}\, \frac{dy_{1}}{dx} + y_{3}y_{1}\, \frac{dy_{2}}{dx} + y_{1}y_{2}\, \frac{dy_{3}}{dx} \] であり、\(y = y _{1}y_{2} \cdots y_{n}\) なら \[ \frac{dy}{dx} = \sum_{r=1}^{n} y_{1}y_{2} \cdots y_{r-1}y_{r+1} \cdots y_{n}\, \frac{dy_{r}}{dx} \] となる。特に \(y = z^{n}\) とすると \(dy/dx = nz^{n-1}(dz/dx)\) が分かる。また \(y = x^{n}\) とすれば 例 39.3 で証明した \(dy/dx = nx^{n-1}\) が示せる。

  2. \(y = y_{1}y_{2}\cdots y_{n}\) なら \[ \frac{1}{y}\, \frac{dy}{dx} = \frac{1}{y_{1}}\, \frac{dy_{1}}{dx} + \frac{1}{y_{2}}\, \frac{dy_{2}}{dx} + \cdots + \frac{1}{y_{n}}\, \frac{dy_{n}}{dx} \] が成り立つ。特に \(y = z^{n}\) なら \(\dfrac{1}{y}\, \dfrac{dy}{dx} = \dfrac{n}{z}\, \dfrac{dz}{dx}\) となる。