§58 極限の定義 (その 1)

以上の議論を終えれば、極限 (limit) の一般的な概念を説明する準備が整う。大雑把に言って「\(n\) が大きいときに \(\phi(n)\) が \(l\) にほぼ等しい」なら「\(n\) が \(\infty\) に向かうときに \(\phi(n)\) が極限 \(l\) に向かう」と言う。これまでの説明が分かっていればこの文の意味は明確だと思うが、厳密な数学的定義とするにはこれだけでは正確さが十分でない。正確には「十分大きな \(n\) について、\(\phi(n)\) と \(l\) の差が \(\varepsilon\) より小さい」と表現しなければならない。この命題は \(\varepsilon = .01\) でも \(\varepsilon = .0001\) でも正しく、さらに全ての正の実数 \(\varepsilon\) に対して正しい。\(\varepsilon\) がどんな値だったとしても、とある有限の \(n_{0}(\varepsilon)\) より後の全ての \(n\) について \(\phi(n)\) と \(l\) の間が \(\varepsilon\) より小さくなる。もちろん一般的に言って \(\varepsilon\) が小さいほど \(n_{0}\) は大きくなる。

こうして正式な定義が導かれる:

\(n\) が \(\infty\) に向かうときに \(\phi(n)\) が極限 (limit) \(l\) に向かうとは、どれだけ小さい正の実数 \(\varepsilon\) を取ったとしても、十分大きな \(n\) に対しては \(\phi(n)\) と \(l\) の差が \(\varepsilon\) より小さくなることを言う。つまり正の実数 \(\varepsilon\) がどれだけ小さくとも、その \(\varepsilon\) に対応する \(n_{0}(\varepsilon)\) が存在して、\(n_{0}(\varepsilon)\) 以上の全ての \(n\) で \(\phi(n)\) と \(l\) の差が \(\varepsilon\) より小さくなることを言う。

\(\phi(n)\) と \(l\) の差は正の実数 \(|\phi(n) - l|\) で表すことが多い。これは \(\phi(n) - l\) と \(l - \phi(n)\) の正の方と等しく、§44 で定義した \(\phi(n) - l\) の大きさの定義と合致する。ただし今の段階では正と負の実数だけを考えている。

この記法を使えば、定義を次のように短く表現できる: 任意の正の実数 \(\varepsilon\) が与えられたとき、\(\varepsilon\) がどれだけ小さくとも、\(n \geq n_{0}(\varepsilon)\) なら \(|\phi(n) - l| \lt \varepsilon\) となる \(n_{0}(\varepsilon)\) を見つけられるとする。このとき「\(n\) が \(\infty\) に向かうとき \(\phi\) は極限 \(l\) 向かう」と言い、次のように書く: \[ \lim_{n \to \infty} \phi(n) = l \]

「\(n \to \infty\)」の部分を省略して単に \(\phi(n) \to l\) と書く場合もある。

簡単な例をいくつか使って \(n_{0}\) を実際に \(\varepsilon\) の関数として書いてみるとよい。もし \(\phi(n) = 1/n\) なら \(l = 0\) で、満たされるべき条件は「\(n \geq n_{0}\) で \(1/n \lt \varepsilon\)」となる。これは \(n_{0} = 1 + [1/\varepsilon]\) とすれば満たされる1全ての \(\varepsilon\) に対して同じ \(n_{0}\) を使える場合が一つだけある: もし \(N\) 以降の全ての \(n\) で \(\phi(n)\) が定数 \(C\) なら、\(n \geq N\) で \(\phi(n) - C = 0\) となる。つまり任意の \(\varepsilon\) に対して \(n \geq N\) なら不等式 \(|\phi(n) - C| \lt \varepsilon\) が成り立つ。逆に任意の \(\varepsilon\) と \(n \geq N\) で \(|\phi(n) - l| \lt \varepsilon\) なら \(n \geq N\) で \(\phi(n) = l\) なので、そのような全ての \(n\) に対して \(\phi(n)\) は定数となる。


  1. ここでは \([x]\) を第二章の意味で使っている。[return]

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