§43 実係数の二次方程式

\(z^2 + 1 = 0\) を満たす実数 \(z\) は存在しない。この事実を「方程式は実根を持たない」と表現する。しかし先ほど見た通り、\(i\) と \(-i\) という二つの複素数はこの方程式を満たす。この事実を「方程式は二つの複素根を持つ」と表現する。\(z^{2} = -1\) を満たすこの \(i\) を \(\sqrt{-1}\) と表記する場合がある。

複素数は虚数 (imaginary number) とも呼ばれる1。ただしこう呼ばれているからといって、通常の言葉の意味で虚数が実数よりも「虚 (imaginary)」である、あるいは虚数が数字でないなどと納得してはいけない。ここまでの議論から分かるように、二つの記号を並べて表記される実数の組 \(\bm{(x, y)}\) を、考える上で便利なように \(x + yi\) と表記したのが虚数である。この実数の組の「リアルさ」は、\(\frac{1}{2}\) といった通常の数字、それが印刷された紙、あるいは太陽系の「リアルさ」と全く変わらない。例えば \[ i = 0 + 1i \] は数字の組 \((0, 1)\) の別表記であり、点あるいは変位 \([0, 1]\) として幾何学的に表すこともできる。あるいは \(i\) が方程式 \(z^{2} + 1 = 1\) の根だと言った場合、それは数字の組 (あるいは変位) を組み合わせる「乗算」という操作が定義されていて、二つの \((0, 1)\) をその操作で組み合わせたときの結果が \((-1, 0)\) になる、ということを意味している。

より一般的な次の方程式を考える: \[ az^{2} + 2bz + c = 0 \] ここで \(a,\ b,\ c\) は実数である。\(b^{2} \gt ac\) なら、通常の解の公式で二つの実根が求まる: \[ \frac{-b ± \sqrt{b^{2} - ac}}{a} \] \(b^{2} \lt ac\) のときこの方程式は実根を持たない。しかし \[ \left\{z + \left(\frac{b}{a}\right)\right\}^{2} = -\frac{ac - b^{2}}{a^{2}} \] であり、\(z + (b/a)\) を \(±i\sqrt{ac - b^{2}}/a\) とすればこの式は満たされる2。よってこの方程式には次の二つの複素根があると言う: \[ \frac{-b ± i\sqrt{ac - b^{2}}}{a} \]

\(b^{2} = ac\) のとき (方程式が \(x = -b/a\) でのみ成り立つとき) この方程式は二つの等しい根があると言うことにすれば、実係数の二次方程式はどんなときにも二つの根 (二つの異なる実根・二つの等しい実根・二つの異なる複素根のどれか) を持つとみなせる。

複素根を認めた場合に二次方程式が二つより多い根を持ちうるか、という疑問が自然に生じる。この答えは否であり、それは簡単に示せる。この証明の格子は初等代数において \(n\) 次方程式が最大でも \(n\) 個の実根を持つことの証明に使ったものと同じである。\(z = x + yi\) として複素数 \(x + yi\) を \(z\) という一文字で表す。\(f(z)\) を任意の \(z\) の多項式とし、その係数は実数でも複素数でもあり得るとする。証明は次の命題を順に示す:

  1. \(a\) を実数または複素数とすると、\(f(z)\) を \(z - a\) で割ったときの余りは \(f(a)\) である
  2. \(a\) が方程式 \(f(z) = 0\) の根なら \(f(z)\) は \(z - a\) で割り切れる
  3. もし \(f(z)\) の次数が \(n\) で \(f(z) = 0\) が \(n\) 個の根 \(a_{1},\ a_{2},\ \ldots,\ a_{n}\) を持つなら、 \[ f(z) = A(z - a_{1}) (z - a_{2}) \cdots (z - a_{n}) \] が成り立つ。ここで \(A\) は実数または複素数の定数であり、具体的には \(f(z)\) における \(z^{n}\) の係数である。

この結果と §40 の定理を合わせれば、\(f(z)\) の根が \(n\) 個以下であると分かる。

実係数の二次方程式にはちょうど二つの根があると分かった。これが係数が実数でも複素数でもあり得る任意の次数の方程式についても正しいことを後で見る: つまり指数が \(\bm{n}\) の方程式はちょうど \(\bm{n}\) 個の根を持つ。この証明で唯一の障害となるのは最初の部分、つまり任意の多項式が少なくとも一つの根を持つことを示す部分である。証明の詳細は後回しにする3。しかしこの定理から得られる非常に興味深い結果についてここで触れておく。私たちは数の理論を正の整数とそれに対する加算と乗算から始めて減算と除算を定義し、この演算が常に行えるためには新しい種類の数を認めなければならないことを見た。例えば \(3 - 7\) に意味を持たせるには負の数を認める必要があり、\(\frac{3}{7}\) の意味付けには有理数が必要だった。さらに根号や方程式の解として表される数を考えるために代数演算のリストを拡張するたびに、数の概念を広げない限り不可能な操作が生まれてしまうのを見た。例えば第一章では、完全平方数でない数 (\(2\) など) の平方根を考えるために無理数の存在を認めた。

\(-1\) の平方根を取るといった操作のためには数の概念のさらなる拡張が必要であり、この章では複素数の存在を認めた。とすれば、次数の高い方程式の中には複素数でも解けないものがあるのではないか、そして超複素数とでも呼ぶべき高階の数を次々と作れるのではないかと思っても不思議ではない。しかし任意の代数方程式の根が複素数であるという事実から、これは正しくない。通常の代数演算のどれを複素数に行っても、得られるのは複素数だけである。これを専門用語で「複素数の体は代数演算について閉じている」と言う。

他の話題に移る前に、加算と乗算の規則だけを使って示せる初等代数の定理は全て、数が実数であっても複素数であっても正しいことを付け加えておく。代数の規則は実数だけではなく複素数にも通用するからである。例えば \(\alpha\) と \(\beta\) が \[ az^{2} + 2bz + c = 0 \] の根なら、次が成り立つ: \[ \alpha + \beta = -(2b/a),\quad \alpha\beta = (c/a) \]

同様に \(\alpha,\ \beta,\ \gamma\) が \[ az^{3} + 3bz^{2} + 3cz + d = 0 \] の根なら \[ \alpha + \beta + \gamma = -(3b/a),\quad \beta\gamma + \gamma\alpha + \alpha\beta = (3c/a),\quad \alpha\beta\gamma = -(d/a) \] となる。こういった定理は \(a,\ b,\ \ldots,\ \alpha,\ \beta,\ \ldots\ \) が実数でも複素数でも成り立つ。


  1. 「実数 (real number)」という言葉は「虚数 (imaginary number)」の逆として作られた。[return]

  2. 見栄えを考えて \(x + yi\) ではなく \(x + iy\) と書くこともある。[return]

  3. 補遺 一 を参照。[return]

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