§63 振る舞いが分かっている二つの関数の和の振る舞い

\(\phi(n)\) と \(\psi(n)\) が極限 \(a,\ b\) に向かうなら、\(\phi(n) + \psi(n)\) は 極限 \(a + b\) に向かう。

これはほとんど明らか1である。次のような議論がすぐに頭に浮かぶだろう: 「\(n\) が大きいとき、\(\phi(n)\) はほぼ \(a\) に等しく、\(\psi(n)\) は \(b\) にほぼ等しい。よってその和は \(a + b\) にほぼ等しい」 後はこれを正しく表現すればよい。

\(\varepsilon\) を任意の正の実数 (例えば \(.001,\ .0000001,\ \ldots\)) とする。\(n \geq n_{0}\) で次の条件が成り立つような \(n_{0}\) を見つければよい: \[ |\phi(n) + \psi(n) - a - b| \lt \varepsilon \qquad \text{(1)} \] 第三章で証明したように、二つの数の和の大きさは大きさの和以下なので \[ |\phi(n) + \psi(n) - a - b| \leq |\phi(n) - a| + |\psi(n) - b| \] が成り立つ。よって \(n \geq n_{0}\) で次の条件が満たされるように \(n_{0}\) を選べるなら \(\text{(1)}\) が成り立つと分かる: \[ |\phi(n) - a| + |\psi(n) - b| \lt \varepsilon \qquad \text{(2)} \] そしてこれはもちろん正しい: \(\lim \phi(n) = a\) だから、極限の定義より \(n_{1}\) が存在して \(n \geq n_{1}\) のとき \(|\phi(n) - a| \lt \varepsilon'\) が成り立つ。ここで \(\varepsilon'\) はどれだけ小さくても構わない。よって \(\varepsilon' = \frac{1}{2}\varepsilon\) として \(n \geq n_{1}\) で \(|\phi(n) - a| \lt \frac{1}{2}\varepsilon\) となるようできる。同様に \(n \geq n_{2}\) で \(|\psi(n) - b| \lt \frac{1}{2}\varepsilon\) となる \(n_{2}\) を見つけられる。後は \(\bm{n_{1}}\) と \(\bm{n_{2}}\) の大きい方を \(n_{0}\) として取る。そうすれば \(n \geq n_{0}\) のとき \(|\phi(n) - a| \lt \frac{1}{2}\varepsilon\) かつ \(|\psi(n) - b| \lt \frac{1}{2}\varepsilon\) となって (2) が満たされるので、定理が証明される。

簡潔にした議論を示す: \(\lim\phi(n) = a\) と \(\lim\psi(n) = b\) より、次の条件が成り立つような \(n_{1}, n_{2}\) を選べる: \[ |\phi(n) - a| \lt \frac{1}{2}\varepsilon\quad (n \geq n_{1}),\qquad |\psi(n) - b| \lt \frac{1}{2}\varepsilon\quad (n \geq n_{2}) \] よって \(n\) が \(n_{1}\) と \(n_{2}\) の両方より大きいなら \[ |\phi(n) + \psi(n) - a - b| \leq |\phi(n) - a| + |\psi(n) - b| \lt \varepsilon \] となるので、 \[ \lim\{\phi(n) + \psi(n)\} = a + b \] が分かる。


  1. この言い回しが持つ曖昧さに読者はすぐに気が付くだろう。「これこれの定理はほとんど明らかである」という言葉は二つの異なる意味を持つ。一つ目の意味は「この定理の正しさは疑いの余地がない」であり、例えば「\(2 + 2 = 4\)」や「二等辺三角形の底角は等しい」の正しさを示すときに使われる。定理がこの意味で「明らか」だったとしても、それが正しいと証明されているとは言えない。常識を使った直観的な推論は間違うことが多く、さらにたとえ定理が正しかったとしても、それが「明らか」だから証明しなくてよいということにはならない。数学の目標は前提を使った結論の導出であり、結論が前提と同じぐらい「明らか」であっても証明の必要性が損なわれることはないし、通常は証明がつまらなくなることもない。

    しかしときには、この例のように「これはほとんど明らかである」が全く異なる意味を持つ場合もある。このとき私たちは「少し考えればこの主張の正しさを理解できるのはもちろん、きちんとした証明の各行を想像することもできるだろう」を意味する。定理がこの意味で「明らか」な場合には、証明を省略することもある。これは証明が不必要なためでは決してなく、読者が自分で容易に思い付けるものを細かく書くのは時間と空間の無駄でしかないためである。[return]