§20 関数という考え方
連続実変数 \(x\) と \(y\) が \(A_{0}P = x\) および \(B_{0}Q = y\) として幾何学的に表されるとする。\(A_{0},\ B_{0}\) は固定されており、それぞれ直線 \(\Lambda,\ \Mu\) 上にある。ここで \(P\) と \(Q\) が好き勝手に動けるわけではなく、二つの点の間に何らかの関係性があって、それが \(x\) と \(y\) の間の関係として表せるとする。つまり \(P\) と \(x\) が分かっていれば \(Q\) と \(y\) も分かる関係、例えば \(y = x\) や \(y = 2x\)、あるいは \(y = \frac{1}{2}x\) や \(y = x^{2} + 1\) があるとする。このとき \(x\) の値が \(y\) の値を決定する。\(x\) と \(y\) の間の関係は \(x\) を使った \(y\) の明示的な式でなくてもよく、与えられた \(P\) から \(Q\) を得るための幾何学的な作図手順でも構わない。
このような状況で \(y\) は \(x\) の関数 (function) であると言う。ある変数の値が別の変数の値から決まるときにその関係を関数と呼ぶことは、おそらく高等数学全体で最も重要な考え方である。読者がこの考え方をしっかり理解したと納得できるように、これから本章でたくさんの例を使って説明していく。
しかしその説明を始める前に、上に示した簡単な例が持つ次の三つの特徴が、一般的な関数という概念とは全く関係がない点を注意しておく必要がある:
- \(y\) は \(\bm{x}\) の全ての値に対して決定する。
- \(x\) の値それぞれに対して、ちょうど一つの \(\bm{y}\) の値が対応する。
- \(x\) と \(y\) の間の関係が解析的な式で表され、与えられた \(x\) の値に対応する \(y\) の値が変数の置換によって直接計算できる。
実を言えばこの三つの特徴は重要な関数の多くが持っている。しかし以降の例を見れば、これらの特徴が関数という概念に何ら本質的でないことが理解できるだろう。本質的なのは、何らかの形で \(x\) の値を \(y\) の値に結び付ける \(x\) と \(y\) の間の関係である。
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\(y = x,\ y = 2x,\ y = \frac{1}{2}x,\ y = x^{2} + 1\) は関数である。こういった関数について今言っておくべきことはない。
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\(x\) がどんな値であっても \(y = 0\) とする。このときどんな値が \(x\) として与えられたとしてもそれに対応する \(y\) の値 (つまり \(0\)) が分かるので、\(y\) は \(x\) の関数となる。この関数が表す関係では、全ての \(x\) の値に同じ \(y\) の値が対応する。\(y\) が \(0\) でなくて \(1,\ \frac{1}{2},\ \sqrt{2}\) だとしても同じことが言える。このような \(x\) の関数を定数 (constant) と呼ぶ。
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\(y^{2} = x\) とする。\(x\) が正なら、この方程式は \(x\) の値それぞれに対応する \(y\) の値を二つ、具体的には \(±\sqrt{x}\) を定義する。また \(x = 0\) なら \(y = 0\) だから、\(0\) という \(x\) の値にはちょうど一つの \(y\) の値が対応する。そして \(x\) が負なら、方程式を満たす \(y\) の値は存在しない。つまり関数 \(y\) は \(x\) が負の値のとき定義されない。よってこの関数は特徴 (3) を持つが、(1) と (2) を持たない。
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可動ピストンが上部に付いたシリンダーに閉じ込められた気体の体積を考える1。気体は定温とする。
ピストンの表面積を \(A\)、その重さを \(W\) とする。ピストンによって圧縮される気体は、ピストンに向かって単位面積当たり \(p_{0}\) の圧力を及ぼす。この圧力がピストンの重さ \(W\) と釣り合うので、次の式が成り立つ: \[ W = Ap_{0} \]
この系が平衡状態にあるときの気体の体積を \(v_{0}\) とする。ピストンの上に重りを追加すると、ピストンが下方向に及ぼす力が増加する。すると気体の体積 \(v\) が減少し、気体が及ぼす単位面積当たりのピストンへの圧力 \(p\) が増加する。ボイルが行った実験で得られた法則によって、\(p\) と \(v\) の積はほぼ定数であることが分かっている。これは次の等式として表せる: \[ pv = a \qquad \text{(i)} \] ここで \(a\) は実数であり、その近似値は実験で求められる。
しかしボイルの法則だけでは、気体がどこまでも圧縮され続けることはないという事実を詳しく説明できない。\(v\) の減少と \(p\) の増加が一定まで進むと、方程式 \(\mathrm{(i)}\) はもはや正確でなくなる。次の式で表される「ファンデルワールスの法則」を使うとずっと正確な近似を得られることが知られている: \[ \left(p + \frac{\alpha}{v^{2}}\right)(v - \beta) = \gamma \qquad \text{(ii)} \] ここで \(\alpha,\ \beta,\ \gamma\) は実数であり、その近似値は実験で求められる。
この二つの式が \(p\) と \(v\) の間の関係を完璧に表すわけではもちろんない。正確な関係は無論もっと入り組んでおり、\(v\) が変化するにしたがって \(\mathrm{(i)}\) に非常に近いものから \(\mathrm{(ii)}\) に非常に近いものまで変化する。しかし数学的な視点では、理想的な物質の状態を考えても構わない。つまり \(v\) がある値 \(V\) より大きいときは \(\mathrm{(i)}\) が正確に正しく、\(v\) が \(V\) より小さいときは \(\mathrm{(ii)}\) が正確に正しいとして構わない。そうすればこの二つの方程式が \(v\) の関数 \(p\) を定義するとみなせる。これは \(v\) の値の一部に対する値がとある式で定義され、他の \(v\) の値に対する値は別の式で定義される関数の例である。
この関数は特徴 (2) を持つ: 任意の \(v\) の値はちょうど一つの \(p\) の値に対応する。しかし特徴 (1) は持たない: \(v\) が負のときは \(p\) は \(v\) の関数として定義されない。「負の体積」は意味不明なので、負の \(v\) の値は最初から考えに入っていない。
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完全弾性の球が (回転なしに) \(\frac{1}{2}g\tau^{2}\) の高さから水平な平面に落下し、何度も跳ね返るとする。
読者も知っているであろう初等力学の法則によると、\(h\) を時刻 \(t\) における初期位置から測った球の高さとしたとき、\(0 \leq t \leq \tau\) なら \(h = \frac{1}{2}gt^{2}\) となり、\(\tau \leq t \leq 3\tau\) なら \(h = \frac{1}{2}g(2\tau - t)^{2}\) となる。一般的には \((2n - 1)\tau \leq t \leq (2n + 1)\tau\) で \[ h = \frac{1}{2}g(2n\tau - t)^{2} \] が成り立つ。\(h\) は \(t\) の関数であり、正の \(t\) の値に対してのみ定義される。
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\(y\) を \(\bm{x}\) の最大素因数と定義する。これは \(x\) の特定のクラスだけに適用される定義の例である。つまりこの定義は整数に対してのみ意味を持つ。「\(\frac{11}{3},\ \sqrt{2},\ \pi\) の最大素因数」は意味をなさないので、こうして定義される関係性は整数でない \(x\) に対応する値を定義できない。そのためこの関数は特徴 (1) を持たない。特徴 (2) は持つが、\(y\) を表す \(x\) の簡単な式は存在しないので特徴 (3) は持たない。
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\(y\) を \(\bm{x}\) を既約分数にしたときの分母と定義する。これは \(x\) が有理数のときに限って定義される関数の例である。例えば \(x = -11/7\) なら \(y = 7\) だが、\(x = \sqrt{2}\) のとき \(y\) は定義されない。「\(\sqrt{2}\) の分母」は言葉の使い方として意味を持たない。
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\(y\) を 1907 年 8 月 8 日午後 5:30 にロンドン市警察署の部署 \(\bm{C}\) にいる警察官 \(\bm{x}\) の背の高さ (インチ) と定義する。このとき \(y\) は特定の整数に対してのみ定義される。つまりこの時刻にこの場所にいる警察官の数を \(N\) とすると、\(x\) が \(1,\ 2,\ \ldots,\ N\) のときに限って \(y\) は値を持つ。
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この教育的な例は H・S・カースロー著 Introduction to the Calculus から取った。[return]