§37 変位の乗算

ここまでは二つの変位のが持つ意味について考えてこなかった。考えた唯一の積は変位と数値の乗算である。式 \[ [x, y] × [x', y'] \] は意味を持たず、この意味は好きに定義できる。しかし明らかに、定義が少しでも使いものになるためには、二つの変位の積が変位となる必要がある。

積の定義の一例として \[ [x + x', y + y'] \] が考えられる。言い換えると、二つの変位の積を和と同じものとして定義するのである。しかしこの定義には二つの深刻な欠点がある。第一に、この定義には意味がない。以前から表現できているのものを表現する別の方法をわざわざ追加することになる。第二に、次の理由によりこの定義は不便かつミスリーディングとなる。\(\alpha\) が実数なら \(\alpha [x, y]\) は \([\alpha x, \alpha y]\) だと定義した。また §34 で見たように、実数 \(\alpha\) 自身も変位とみなせる: 軸 \(OX\) に沿った変位 \([\alpha]\)、後で定義した記法を使えば変位 \([\alpha, 0]\) である。よって積の定義が次の等式を満たすことが (絶対に必要ではないにせよ) 望ましい: \[ [\alpha, 0] [x, y] = [\alpha x, \alpha y] \] 和と同じ積の定義ではこれが成り立たない。

次の定義なら多少ましと思うかもしれない: \[ [x, y] [x', y'] = [xx', yy'] \] しかしこの定義だと \[ [\alpha, 0] [x, y] = [\alpha x, 0] \] となり、二つ目の欠点を払拭できない。

実は、積 \([x, y] [x', y']\) に与えるのに最も適した意味が何なのかは決して自明でない。確かなのは次の三つである。(1) 定義が役に立つためには、この変位の積も座標が \(x\) と \(y\) から決まる変位となる、つまり \[ [x, y] [x', y'] = [X, Y] \] と書いたときに \(X\) と \(Y\) が \(x,\ y,\ x',\ y'\) の関数となる必要がある。(2) 定義は等式 \[ [x, 0] [x', y'] = [xx', xy'] \] を満たす必要がある。(3) 定義は通常の積と同じ交換法則・分配法則・結合法則、つまり次の等式を満たす必要がある: \[ \begin{aligned} [x, y] [x', y'] & = [x', y'] [x, y],\\ ([x, y] + [x', y']) [x'', y''] & = [x, y] [x'', y''] + [x', y'] [x'', y''],\\ [x, y] ([x', y'] + [x'', y'']) & = [x, y] [x', y'] + [x, y] [x'', y''],\\ [x, y] ([x', y'] [x'', y'']) & = ([x, y] [x', y']) [x'', y''] \end{aligned} \]

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