§97 よくある誤解
前節の例 4, 5, 6, 7, 8 を見たとき、そもそも証明が必要なのかと疑問に思うかもしれない。「\(x = 0\) や \(x = a\) を代入すればそれで終わりでは?」ということだ。そうすればもちろん \(a,\ a/\alpha,\ a^{m},\ P(a),\ R(a)\) が得られる。ここで何が間違っているのかを正確に理解しておくのは非常に重要なので、次の例に移る前にさらに説明しておく。
式 \[ \lim_{x \to 0} \phi(x) = l \] が考えているのは、\(x\) が \(\bm{0}\) でないが \(\bm{0}\) に非常に近い値を取るときの \(\phi(x)\) の値である1。\(x = 0\) のときの \(\phi(x)\) の値ではない。つまり上のように書いたとき、\(x\) が \(0\) にほぼ等しいときに \(\phi(x)\) が \(l\) にほぼ等しいことを私たちは主張しているのであって、\(x\) が実際に \(0\) に等しいときに何が起こるかについては何も言っていない。例えば \(\phi(x) = 0\) という式で定義される関数を考えると、明らかに \[ \lim\phi(x) = 0 \qquad \text{(1)} \] が成り立つ。ここで \(\psi(x)\) を、\(x = 0\) のとき \(\psi(x) = 1\) でそれ以外は \(\phi(x)\) と等しい関数として定義する。すると \[ \lim\psi(x) = 0 \qquad \text{(2)} \] が依然として成り立つ。\(x\) が \(0\) にほぼ等しいなら、\(\psi(x)\) は \(0\) にちょうど等しいからである。しかし \(\psi(0) = 1\) なので、この関数のグラフは \(x\) 軸が \(x = 0\) で突き出た形となり、この突き出た点が孤立点 \((0, 1)\) となる。式 (2) は、このグラフを正負を問わない適当な \(x\) に対応する点から \(x = 0\) に向かって移動したときに、縦座標が極限 \(0\) に向かうことを表している (実際には縦座標は常に \(0\) に等しい)。この事実は孤立点 \((0, 1)\) がどこにあろうと揺るがない。
この例は人工的すぎるのではないか、と思うかもしれない。しかし \(x = 0\) でこの例と同じような振る舞いをする簡単な式が存在する。例えば \[ \psi(x) = [1 - x^{2}] \] がそうである。ここで \([1 - x^{2}]\) は通常通り \(1 - x^{2}\) を超えない最大の整数を表す。\(x = 0\) なら \(\psi(x) = [1] = 1\) だが、\(0 \lt x \lt 1\) および \(-1 \lt x \lt 0\) なら \(0 \lt 1 - x^{2} \lt 1\) であり、\(\psi(x) = [1 - x^{2}] = 0\) が成り立つ。
次は第二章の §24 で議論した関数 \[ y = \frac{x}{x} \] を考える。この関数は \(0\) でない全ての \(x\) で \(1\) に等しい。しかし \(x = 0\) のとき \(y\) は \(1\) でない、それどころか定義さえされない。第二章で説明した通り、\(\phi(x)\) が \(x = 0\) で定義されるには \(\phi(x)\) を定義する式に \(x = 0\) を代入したものが意味を持つ必要がある。今考えている式に \(x = 0\) を代入すると \(0/0\) という意味のない式となるので、この関数は \(x = 0\) で定義されない。「分母と分子を \(x\) で割ればいいじゃないか」と思うかもしれないが、この操作は \(x = 0\) のとき行えない。よって \(y = x/x\) は基本的に \(y = 1\) という関数だが、唯一 \(x = 0\) に対しては定義されない。しかしそれでも \[ \lim \frac{x}{x} = 1 \] が成り立つ。\(x\) が \(0\) でない限り、\(x\) がどれだけ \(0\) に近くとも \(x/x\) が \(1\) と等しくなるからである。
同様に \(\phi(x) = \{(x + 1)^{2} - 1\}/x\) は \(x\) が \(0\) でないなら \(x + 2\) に等しく、\(x = 0\) では定義されない。それでも \(\lim\phi(x) = 2\) が成り立つ。
一方で、\(x\) が \(0\) に向かうときの \(\phi(x)\) の極限が \(\phi(0)\)、つまり \(x = 0\) における \(\phi(x)\) の値に等しくなる場合もある。例えば \(\phi(x) = x\) なら \(\phi(0) = 0\) かつ \(\lim\phi(x) = 0\) となる。実用的な視点から言うと、応用で扱う関数の多くはこの特徴を持つ。
-
\(\lim\limits_{x \to a} \dfrac{x^{2} - a^{2}}{x - a} = 2a\) が成り立つ。
-
\(0\) 含む任意の整数 \(m\) に対して \(\lim\limits_{x \to a}\dfrac{x^{m} - a^{m}}{x - a} = ma^{m-1}\) が成り立つ。
-
問題 2 が全ての有理数 \(m\) に対して成り立つことを示せ。\(a\) は正とする。 [§74 の不等式 (9) と (10) から直ちに従う]
-
\(\lim\limits_{x \to 1}\dfrac{x^{7} - 2x^{5} + 1}{x^{3} - 3x^{2} + 2} = 1\) が成り立つ。 [分母と分子はどちらも \(x - 1\) を因子に持つ]
-
\(x\) が正の方向および負の方向から \(0\) に向かうときの関数 \[ \phi(x) = \frac{a_{0}x^{m} + a_{1}x^{m+1} + \cdots + a_{k}x^{m+k}} {b_{0}x^{n} + b_{1}x^{n+1} + \cdots + b_{l}x^{n+l}} \] の振る舞いを調べよ。
[\(m \gt n\) なら \(\lim\phi(x) = 0\)、\(m = n\) なら \(\lim\phi(x) = a_{0}/b_{0}\) となる。\(m \lt n\) で \(n - m\) が偶数なら、\(a_{0}/b_{0} \gt 0\) のとき \(\phi(x) \to +\infty\) で \(a_{0}/b_{0} \lt 0\) のとき \(\phi(x) \to -\infty\) となる。\(m \lt n\) で \(n - m\) が奇数なら、\(a_{0}/b_{0} \gt 0\) のとき \(x \to +0\) で \(\phi(x) \to +\infty\) および \(x \to -0\) で \(\phi(x) \to -\infty\)、\(a_{0}/b_{0} \lt 0\) のとき \(x \to +0\) で \(\phi(x) \to -\infty\) および \(x \to -0\) で \(\phi(x) \to +\infty\) となる]
-
小ささの次元: \(x\) が小さいとき、\(x^{2}\) はさらに小さく、\(x^{3}\) はそれ以上に小さい。以下同様であり \[ \lim_{x\to 0} \frac{x^{2}}{x} = 0,\quad \lim_{x\to 0} \frac{x^{3}}{x^{2}} = 0,\quad \ldots \] が成り立つ。
この事実を言い換えると次のようになる: \(x\) が \(0\) に向かうとき \(x^{2},\ x^{3},\ \ldots\) も \(0\) に向かうが、その速度は \(x^{2}\) の方が \(x\) よりも速く、\(x^{3}\) は \(x^{2}\) よりも速い。\(x \to 0\) のとき \(0\) に向かう関数について、値が小さくなる速度を測る方法があると便利である。測定の尺度は \(x,\ x^{2},\ x^{3}\) とするのが自然だろう。
そこで \(\phi(x)/x\) が \(x \to 0\) のとき \(0\) でない極限に向かうなら「\(\phi(x)\) は一次の小ささ (the first order of smallness) を持つ」と言うことにする。例えば \(\lim(2x + 3x^{2} + x^{7})/x = 2\) なので、\(2x + 3x^{2} + x^{7}\) は一次の小ささを持つ。
同様に二次\(\cdot\)三次\(\cdot\)四次\(\cdots\)の小ささを定義する。ただしこの小ささの次元が完全だと思ってはいけない。もしこの次元が完全なら、\(x\) と共に \(0\) に向かう全ての関数 \(\phi(x)\) が一次またはそれ以上の次元の小ささを持つことになるが、これは明らかに正しくない。例えば \(x^{7/5}\) が \(0\) に向かう速度は \(x\) より速いが \(x^{2}\) より遅い。
有理数の小ささの次元を考えて、\(x^{7/5}\) が \(\frac{7}{5}\) 次の小ささを持つとすれば完全になるだろうと考えてもいけない。こういった次元も完全にならないことを後の章で見る。応用で重要となるのは上で定義した整数の小ささの次元だけなので、定義をさらに細かくする必要はほとんどない。
大きさの次元: \(x\) が小さいときに \(\phi(x)\) が (正または負に) 大きくなる場合にも同様の定義ができる。つまり \(x\) が \(0\) に向かうときに \(\phi(x)/x^{-k} = x^{k}\phi(x)\) が \(0\) でない極限に向かうなら、「\(x\) が小さいとき \(\phi(x)\) は \(k\) 次の大きさ (\(k\)th-order of greatness) を持つ」と言う。
この定義は \(x \to 0\) で定義されているが、\(x \to \infty\) や \(x \to a\) を使っても同じように定義できる。例えば \(x \to \infty\) のとき \(x^{k}\phi(x)\) が \(0\) でない極限に向かうなら、\(\phi(x)\) は \(x\) が大きいとき \(k\) 次の小ささを持つと言う。また \(x \to a\) のとき \((x - a)^{k}\phi(x)\) が \(0\) でない極限に向かうなら、\(\phi(x)\) は \(x\) が \(a\) にほぼ等しいとき \(k\) 次の大きさを持つと言う。
-
\(\lim\sqrt{1 + x} = \lim\sqrt{1 - x} = 1\) が成り立つ2。 [\(1 + x = y\) または \(1 - x = y\) を代入し、例 35.8 を使う]
-
\(\lim\dfrac{\sqrt{1 + x} - \sqrt{1 - x}}{x} = 1\) が成り立つ。 [分母と分子に \(\sqrt{1 + x} + \sqrt{1 - x}\) を乗じる]
-
\(m\) と \(n\) を正の整数とする。\(x \to 0\) における \[ \dfrac{\sqrt{1 + x^{m}} - \sqrt{1 - x^{m}}}{x^{n}} \] の振る舞いを調べよ。
-
\(\lim\dfrac{\sqrt{1 + x + x^{2}} - 1}{x} = \dfrac{1}{2}\) が成り立つ。
-
\(\lim\dfrac{\sqrt{1 + x} - \sqrt{1 + x^{2}}}{\sqrt{1 - x^{2}} - \sqrt{1 - x}} = 1\) が成り立つ。
-
次の関数のグラフを描け: \[ y = \dfrac{\dfrac{1}{x - 1} + \dfrac{1}{x - \dfrac{1}{2}} + \dfrac{1}{x - \dfrac{1}{3}} + \dfrac{1}{x - \dfrac{1}{4}}} {\dfrac{1}{x - 1} + \dfrac{1}{x - \dfrac{1}{2}} + \dfrac{1}{x - \dfrac{1}{3}} + \dfrac{1}{x - \dfrac{1}{4}}} \]
この関数は \(x \to 0\) で極限を持つか? [\(x = 1,\ \frac{1}{2},\ \frac{1}{3},\ \frac{1}{4}\) で \(y\) は定義されず、それ以外では \(y = 1\) となる。また \(x \to 0\) のとき \(y \to 1\) である]
-
\(\lim\dfrac{\sin x}{x} = 1\) が成り立つ。
[三角比の定義から、\(0 \lt x \lt \frac{1}{2}\pi\) のとき \[ \sin x \lt x \lt \tan x \] が成り立つ3。ここから \[ \cos x \lt \frac{\sin x}{x} \lt 1 \] つまり \[ 0 \lt 1 - \frac{\sin x}{x} \lt 1 - \cos x = 2\sin^{2} \dfrac{1}{2} x \] が分かる。
ここで \(2\sin^{2} \dfrac{1}{2} x \lt 2(\dfrac{1}{2} x)^{2} = \dfrac{1}{2} x^{2}\) が成り立つので、\(\lim\limits_{x \to +0} \left(1 - \dfrac{\sin x}{x}\right) = 0\) つまり \(\lim\limits_{x \to +0} \dfrac{\sin x}{x} = 1\) が成り立つ。\(\dfrac{\sin x}{x}\) は偶関数だから、示すべき結果が得られる]
-
\(\lim \dfrac{1 - \cos x}{x^{2}} = \dfrac{1}{2}\) が成り立つ。
-
\(\lim \dfrac{\sin \alpha x}{x} = \alpha\) が成り立つ。これは \(\alpha = 0\) でも成り立つか?
-
\(\lim \dfrac{\arcsin x}{x} = 1\) が成り立つ。 [\(x = \sin y\) とする]
-
\(\lim \dfrac{\tan \alpha x}{x}= \alpha\) および \(\lim\dfrac{\arctan \alpha x}{x} = \alpha\) が成り立つ。
-
\(\lim \dfrac{\cosec x - \cot x}{x} = \dfrac{1}{2}\) が成り立つ。
-
\(\lim\limits_{x \to 1} \dfrac{1 + \cos \pi x}{\tan^{2}\pi x} = \dfrac{1}{2}\) が成り立つ。
-
\(x \to 0\) のとき関数 \(\sin(1/x),\ (1/x)\sin(1/x),\ x\sin(1/x)\) はどのように振る舞うか? [それぞれ有限に振動する、無限に振動する、極限 \(0\) に向かう。三つとも \(x = 0\) では定義されない。例 25.6 を使う]
-
\(x\) が \(0\) に向かうとき、関数 \[ y = \dfrac{\sin \frac{1}{x}}{\sin \frac{1}{x}} \] は極限に向かうか? [向かわない。この関数は基本的に \(1\) に等しいが、\(\sin(1/x) = 0\) のとき、つまり \(x = 1/\pi,\ 1/2\pi,\ \ldots,\ -1/\pi,\ -1/2\pi,\ \ldots\) のときは \(0/0\) となって定義されない。よって \(x = 0\) の近くの無限個の \(x\) に対して \(y\) が値を持たない]
-
\(m\) を整数とする。\(x \to m+0\) のとき \([x] \to m\) および \(x - [x] \to 0\) だと示し、さらに \(x \to m-0\) のとき \([x] \to m - 1\) および \(x - [x] \to 1\) だと示せ。