補遺二 二重極限問題について
第九章と第十章で何度か、初学者を必ず困惑させる種類の問題に遭遇した。実は一般的な形のこの問題は非常に難しく、高等数学の中でも最大級に興味深く重要な問題である。
特殊な場合を考えよう。§213 では \(-1 \lt x \leq 1\) に対する \[ \log(1 + x) = x - \dfrac{1}{2}x^{2} + \dfrac{1}{3}x^{3} - \cdots \] を証明し、そのときには等式 \[ \frac{1}{1 + t} = 1 - t + t^{2} - \cdots \] の \(0\) から \(x\) まで積分を考えた。つまり最初の等式の証明により、等式 \[ \int_{0}^{x} \frac{dt}{1 + t} = \int_{0}^{x} dt - \int_{0}^{x} t\, dt + \int_{0}^{x} t^{2}\, dt - \cdots \] が示された。これを言い換えると、無限級数 \(\bm{1 - t + t^{2} - \cdots}\) の和の \(\bm{0}\) から \(\bm{x}\) までの積分は、各項の \(\bm{0}\) から \(\bm{x}\) までの積分の和に等しいと証明されたことになる。この事実をさらに言い換えると、\(0\) から \(\infty\) までの和を取る操作と \(0\) から \(x\) まで積分する操作は、\((-1)^{n}t^{n}\) に適用されるときには可換である、つまりこの関数に対して二つの操作が適用される順序は意味を持たないことが示されている。
さらに §216 では、指数関数の導関数 \[ \exp x = 1 + x + \frac{x^{2}}{2!} + \cdots \] が \(\exp x\) に等しいことを示した。つまり \[ D_{x} \left(1 + x + \frac{x^{2}}{2!} + \cdots\right) = D_{x}1 + D_{x}x + D_{x} \frac{x^{2}}{2!} + \cdots \] である。言い換えると級数の和の導関数が各項の導関数の和に等しい。また \(0\) から \(\infty\) までの和を取る操作と \(x\) に関する微分の操作は \(x^{n}/n!\) に適用されるとき可換になるとも言える。
最後に、同じ節では \(\exp x\) が \(x\) の連続関数なことも証明している。つまり \[ \lim_{x\to\xi} \left(1 + x + \frac{x^{2}}{2!} + \cdots\right) = 1 + \xi + \frac{\xi^{2}}{2!} + \cdots = \lim_{x\to\xi} 1 + \lim_{x\to\xi} x + \lim_{x\to\xi} \frac{x^{2}}{2!} + \cdots \] であり、これを言い換えれば級数の和の極限は各項の極限の和に等しい、級数の和は \(x = \xi\) で連続である、\(0\) から \(\infty\) までの和を取る操作と \(x\) を \(\xi\) に向かわせる操作が \(x^{n}/n!\) に適用されるとき可換になる、などとなる。
以上のいずれの場合でも結果の正しさに対する証明は個別に与えた。こういった結果の正しさがすぐに結論できるような一般的な定理はこれまでに示していないし、本書では示さない。ただ 例 37.1 では連続関数の有限個の和が有限なことを見た。また §113 では有限個の項の和の導関数が項の導関数の和に等しいことを見た。さらに §160 では積分についても同様の結果を見た。つまり特定の状況では \[ \lim_{x\to\xi} \cdots,\quad D_{x} \cdots,\quad \int \cdots\, dx \] という記号が表す操作が有限個の項の和を取る操作と可換であることを証明した。であれば、無限個の項の和を取る操作が正確に定義される状況では、無限個の和を取る操作とも可換であると考えるのが自然である。しかしこれは自然であるというだけで、今の私たちにはそう主張できるだけに過ぎない。
可換な操作と可換でない操作の例をさらに示せばこの点をより良く理解できるだろう。
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\(2\) を乗じる操作と \(3\) を乗じる操作は可換となる。なぜなら任意の \(x\) に対して \[ 2 × 3 × x = 3 × 2 × x \] が成り立つからである。
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\(z = 0\) の場合を除いて、\(z\) の実部を取る操作が \(i\) を乗じる操作と可換になることはない。これは \[ i × \operatorname{Re}(x + iy) = ix,\quad \operatorname{Re}\{i × (x + iy)\} = -y \] から分かる。
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二つの変数 \(x\) と \(y\) を極限 \(0\) に近づける二つの操作は、適用する関数 \(f(x, y)\) によって可換になることもあれば可換にならないこともある。例えば \[ \lim_{x\to 0} \{\lim_{y\to 0} (x + y)\} = \lim_{x\to 0} x = 0,\quad \lim_{y\to 0} \{\lim_{x\to 0} (x + y)\} = \lim_{y\to 0} y = 0 \] だが、一方で \[ \begin{alignedat}{2} \lim_{x\to 0} \left(\lim_{y\to 0} \frac{x - y}{x + y}\right) & = \lim_{x\to 0} \frac{x}{x} & & = \lim_{x\to 0} 1 = 1,\\ \lim_{y\to 0} \left(\lim_{x\to 0} \frac{x - y}{x + y}\right) & = \lim_{y\to 0}\frac{-y}{y} & & = \lim_{y\to 0} (-1) = -1 \end{alignedat} \] が成り立つ。
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\(\sum\limits_{1}^{\infty} \cdots\) と \(\lim\limits_{x\to 1} \cdots\) は可換になることもあれば可換にならないこともある。例えば \(1\) より小さい値を取りながら \(x \to 1\) のとき \[ \begin{alignedat}{2} \lim_{x\to 1} \left\{\sum_{1}^{\infty} \frac{(-1)^{n}}{n}x^{n}\right\} & = \lim_{x\to 1}\log(1 + x) & & = \log 2,\\ \sum_{1}^{\infty} \left\{\lim_{x\to 1} \frac{(-1)^{n}}{n}x^{n}\right\} & = \quad \sum_{1}^{\infty} \frac{(-1)^{n}}{n} & & = \log 2 \end{alignedat} \] だが、一方で \[ \begin{aligned} \lim_{x\to 1} \left\{\sum_{1}^{\infty} (x^{n} - x^{n+1})\right\} & = \lim_{x\to 1} \{(1 - x) + (x - x^{2}) + \cdots\} = \lim_{x\to 1} 1 = 1,\\ \sum_{1}^{\infty} \left\{\lim_{x\to 1} (x^{n} - x^{n+1})\right\} & = \sum_{1}^{\infty} (1 - 1) = 0 + 0 + 0 + \cdots = 0 \end{aligned} \] が成り立つ。
こういった例から、二つの操作の可換性について三つの可能性が示唆される。つまり二つの操作は (i) 常に可換となるか、(ii) 非常に特殊な場合を除いて、可換にならないか、(iii) 実際の計算で生じる通常の場合には、たいてい可換になるかのいずれかとなる。
非常に重要なのが、二つの操作に極限へ何かを近づける処理が含まれる (第九章で考えたような) 場合である。例えば微分・積分・無限級数の和はどれもこの操作の例となる。こういった操作を極限操作 (limit operation) と呼ぶ。与えられた極限操作が可換となる条件に関する問題は、数学全体で最も重要な問題の一つである。しかし一般的な定理を持ってこの問題に取り組もうとすれば、本書の範囲を大きく超えた知識が必要となってしまう。
ただ一般的な問題に関する答えの片鱗が上に示した例に表れていることは指摘できる。\(L\) と \(L'\) を二つの極限操作とすると、実数 \(LL'z\) と \(L'Lz\) は一般に等しくならない。ここでは理論的で厳格な意味で "一般には" という言葉を使っている。つまり少し手間をかければ、\(LL'z\) と \(L'Lz\) が異なるような \(z\) を見つけることができる。一方でこの言葉をもっと実践的な意味で、具体的には「自然に起こり得る非常に多くの場合で」あるいは「普通は」という意味で "一般に" という言葉を使うなら、二つの実数は一般に等しくなる。
もちろん純粋数学のような厳密科学では、この種の答で満足することはできない。数学のより高度な分野ではこれらの問題の詳細な検討が絶対不可欠である。しかし今の段階では、上で指摘した点が理解できればそれでよい。実際の計算では、二つの極限操作が可換であると仮定して得られる結果はおそらく正しい: その結果は考えている問題の答に関する価値ある候補を提供する。ただ一般的な問題に関するより進んだ理論あるいは第九章で示したような考えている問題に対する個別の考察がないなら、こうして得られる答えは候補として存在するだけであり、証明はないものとみなさなければならない。
ブロムウィッチ著 Infinite Series にはたくさんの重要な二重極限問題についての議論が載っている。